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~37-3~
「それは…災難だったね、申し訳ない事に傍目には可笑しくて仕様が無いが」
「笑って頂けた方が却って気が楽ですよ…本当に誰も得をしない顛末だった」
失笑を隠す気も無い様子の老紳士の手元にカップを置いた。副頭目に収まっても朝市通いは欠かしていないらしい。寧ろ町衆との距離を縮める為に頻度を増やしていると言う噂すら聞く程だ。その足で拙宅をおとなうルーティンにも変わりはない。
一つ、変化について述べるなら、食後の珈琲を供すか否かは直前まで迷った。先の騒乱後長く続いた入院生活から今日に至るまで、老紳士は我々の間に確かに生じてしまった筈の確執について未だ触れようとしない。
相手の沈黙が意味する処を読み切れず掴み取ったコーヒーポットは殊更に重かったが、どちらにしても気を遣う事になるなら饗応する側の義務を果たす事に決めた。来客の舌を満たすには足りないと知れ切った品を出す屈辱もこの際は懐に収めよう。
「確かに、従兄殿にしてみれば義息と孫の性生活など聞かされては堪ったものではないだろうね」
同情的な口振りではあるが表情は明らかに諧謔を楽しむ人間の其れだった。
「…そう言われると中々にぞっとする話ですね」
例によって彼は食後早々に書斎に向かったため気兼ねなく同意する。それにしても、客観的に聞かされると否が応にも罪悪感が湧くものだ。
「まぁ関係そのものに嘴を挟もうと言う心算はお持ちでない様子でしたから、教育方針に関するお小言程度は粛々と受け止めますよ」
「そうしてやってくれ、あまり我慢が過ぎると飲み下した小言ですら胃を傷め兼ねない」
只でさえ心労の種は尽きないんだ。そう言って眼前のカップを手に取った老紳士は淹れ立てから少し経ったコーヒーを一口啜る。浮かぶ表情の如何を確かめる気にもなれず思わず顔を背けてしまった事にはどうか気付かないで欲しいと願った。
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