37-2,36-0
~37-2~
『赤子をあやす様』とは言ったものの、実際にその様な体験の機会を得ることは無かった。生まれて間もない彼の隣に添うのは妻の役目であったからだ。
難産を経て憔悴した彼女の休養を妨げるのではないかと危惧したが、実際にして彼の夜泣きは世間一般に風聞される乳幼児の其れと比較にならぬ程穏やかであった。弱った母体を遠慮しての落ち着きであるならば乳呑み子とは思えぬ聡明さだ、などと親馬鹿を宣った記憶が有る。或いは乳呑み子なればこそ、か。
当時に夢想した親子関係とは掛け離れているものの、其れ自体に然したる不満も抱いてはいなかった。形はどうあれ、家族と言う括りで自身の手を回せる範疇で庇護出来るならば其れに越したる事も無かろう。
あぁ、義父への説明だけは難儀したか。
~36-0~
『おぉ、坊か。父親はどうしとるね?』
フロントから転送された電話をスピーカーホンに取ると聞き知った声が響いた。
「只今は席を外されておりますが、丁度良いのでその件について一言申し述べたく」
『なぁに、礼なら従弟殿にな。役所筋に話を通す伝はワシも持たなんだから』
白々しい程の的外れな返答が癪に障る。
「しゃあしゃあと…人の神経を逆撫でて楽しむ類いの人とは思いませんでしたよ、はっきり申し上げて幻滅です」
『おぉ、随分嫌われたもんだ…まぁ許せ、ヤツの戸籍に捩じ込む方を優先したのよ』
無論、同性婚の認められない国では寧ろ一般的な処理であると言う程度の心得は有った。
「…年の差を考えて下さいよ、傍目にも親子にしか見えなければ、とても惨めな気分になります」
『………』
沈黙が返る。相手がどんな顔を浮かべているのかは見当もつかない。
「…その辺にしといて差し上げろ、飽くまで善意で為された事だ」
いつの間にか朝風呂から戻ったあの人が背中越しに受話器を取り乍嗜めた。
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