36-5,37-1
~36-5~
あの人から送られた指輪。人間がその生涯を同じうする何よりの証左となるその装飾を、自分は件の御内儀に並び立つ以上に押し上げられたろう自身の居所を示す縄張りとして捉えた。
その優越感は全く下卑に過ぎる快感である。湧き上がる自身への嫌悪を薄めるには、糖蜜にも勝る甘やかな時を賜るより他に方法を思い付かなかった。
あの人は、そんな自分の態度を一切の含意を気取らせること無く受け止めた。自分の中に存ずる相反する喜憂の一進一退を感じ取ったのか。或いは只夫としての務めを果たさんとしたか。どちらにせよ喜ばしい事に違いはない。喜びの丈と同じだけ罪悪感も煽るのだけれど。
閨を共にする一時だけがそんな混迷する思考を埒外に吹き飛ばすと気付き、それからは淫らな懇願に歯止めの必要をみなくなった。
もっと、もっと掻き乱して。前後不覚に酔ってしまう程。こんな浅ましい畜生を、其れでも尚愛して下さると仰るなら。だけれど。
~37-1~
幾らかの満足(心からの、とは言わない)を得たらしく、漸くと寝息を立て上下する彼の胸に己の手を添えた。『生の実感』と呼ぶには余りに小さな拍動、であればこそ庇護欲が唆られもするのだろう。其れを間近に感じられる幸福を只管に噛み締めていられる平穏を、私も彼と同様に歓迎していた。
眠りを妨げぬ様に注意してゆっくりと胸を叩いた。吸気が肺を満たし膨らむ調子に合わせる様にしてやると、寝顔の口角が輪を掛けて弛緩したように見えた。傍目には赤子をあやす様子と大差ないだろう。当人には大変な不興を買う発想と思い直し思考を脳裏から追い出した。
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