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  ~35-5~


 「旧派閥の連中が存外容易に折れてしもうてな…」

 要は吸収合併が上手く行き過ぎた為に彼等を追い出した後に収める筈であった要員が身を置く場に事欠いたと言う事らしい。


 「幾らかは宿泊所に撒いたが何分人数が多くてのう、商工会から苦情が出始めとる」

 其処で慌てて街中の空き物件に手を付けたらしいのだが、規模も設備も不充分な物件を割り当てる訳にもいかない。


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 「…其れで我が家に白羽の矢が立ち、僕らは厄介払いですか」

 宥め透かして漸く旅支度と共に送迎の車に押し込んだ彼が続いての不満を漏らした。


 「一月で体勢を整えて元通り返して貰う約束だ、大頭目の言葉を借りれば『ハネムーンの様な物と思ってくれんか』、だ」

 物件丸ごと買い上げるよりも二人分の旅費が手頃なのは言うまでもない。名ばかりとは言え会計を請け負っていた人間が組合の懐事情に振り回されるとは御笑いにもならないのは確かだが。


 「そう思わせたいなら其れなりの膳立てが欲しい物ですね、何ですかこの旅券は」

 あぁ、其処を刺されるだろう予想はしていた。組合の伝手で発行されたパスポートには私の姓で印字された彼の名前が在った。大元となる戸籍はと言えば、養子として私の籍に捩じ込まれている。


 「他に便宜の付けようも無いだろう、成人したら解消してやるから別の形で俺の籍に入り直せば良い」

 成るとすれば十年は先の話だ、昨今の風潮からして其の頃には法改正が有ると祈りたい。


 「聖都を抱えたこの国で同性婚?一体何方の足に香油を塗れば赦されましょうや見当も付きませんね」

 教会住まいが長かった為か近頃はこう言った胡乱な皮肉が増えている。新しく読み知った知識を引用したがる短絡はしかし年相応の振る舞いと言えなくもない。酷く鋭利な洒落である事を余所にすれば、ではあるが。


 「なら此れを機会にフランス語を覚えるか、ハネムーンの先で式を挙げるのは順序が逆ではあるが」

 会話の舵取りを進みたい向きに切れない状況に愈々焦れてきた私は意図せず直接的な表現を多用していた。


 「プロポーズのやり直しが為さりたいならもう少しムードを整えませんか?」

 口にしなければわからないのかと言いたげな表情を先に浮かべたのは彼の方だった。至極尤も、見切り発車に踏み切ってしまった感は否めない。


 「あぁ、でもこの程度が妥当かも知れませんね。エンゲージリングの使い様も無い出来損ないには」

 奪われた舵は未曾有の大嵐に向けて切られている。懐に忍ばせた小箱が重みを増した。

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