35-4

  ~35-4~


 「いやはや、全く満足に尽きたな」

 その後半世紀に及ぶ戦歴をとくと聞かされ乍の食卓は驚くのにも疲れる程波乱万丈に溢れた物だった。一地方都市でやくざな稼業に身を窶すには凡そそぐわない大人物と知れた事は喜びや誇らしさよりも驚きと疑問が勝っている。


 「従弟殿が矢鱈に褒めとったでな、一度味わってみたかったのだが此れは想像以上だ」

 手放しの称賛が面映ゆい。食い振りから世辞でも無いのだろうと知れてしまうことが尚更だった。


 「その辺りで御勘弁下さい、客前に料理を供して居たのももう10年前の話ですから」

 居たたまれず卓上の食器を手早く纏めて席を立つ。


 「謙遜せんでも…あぁ、珈琲で構わんぞ」

 私が戸棚からケトルを取り出すのを見て注文を出した義父殿は懐からシガーケースを取り出し周囲を見回した。


 「あぁ、すいません」

 別の棚から来客用の灰皿を持ち出して卓上に置く。滅多に使う機会に恵まれぬ品の為微かに埃が浮いているのが見て取れた。


 「そうか、小さいのが居るからのう」

 浮いた埃の所以に気付いた義父殿が逡巡を見せる。


 「構いませんよ、帰宅は来週ですし」

 其れでも気遣いが嬉しい。ケトルを火に掛けて対面に座り直す時には自身の表情が綻ぶのを感じていた。


 「あぁ…其れなんだがの」

 流れる様な所作で葉巻を吹かす義父殿の表情に一筋険が走る。


 「伺いましょう」

 此処二月に渡り街に漂っている慌ただしい空気は無論他人事ではない。街に入り込んでいた外部勢力や守旧派残党に対する追討乃至引き込みの差配、国内外に分散していた手勢の再配置に義父殿が相当の労力を割いていた事を知っている。その渦中において、自分達が先ず下にも置かぬ扱いで擁護されてきた事にも自覚の在る今にまさか話を聞かぬと言う選択は無かった。


 「うむ…まぁ、有り体に言うとな、此の屋敷を一月程借り受けたいのだ」



 ーーーーー


 此処までの経緯を大人しく聞いていた彼の口から二度目の「はぁ?」が漏れた。


 先程よりも怒気が濃いのは言うまでも無い。 

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