36-1

  ~36-1~


 あぁ、あぁ、もう。嫌だ嫌だいやだいやだいやだ。どうしてこんなにも此の口は想いと裏腹に舌を回すのか。


 折角の二人きりで初めてのバカンス、しかも行き先は憧れのFranciaコート・ rivieraダジュール。これ以上ない膳立てで婚約を迫られていると言うのに粗を突いて雰囲気を台無しにしてしまう自分の軽口が忌々しい。自己嫌悪で嚙み締めた奥歯には先程から砂を噛むような不快感が蔓延っている。


 送迎の車に乗せ換えられた折、抱き上げられた懐にいつもとは違う異物の気配も感じていた。話の流れからして正体を想像するのは容易かったのだけれど、其れが却って状況を拙くさせている。意識しすぎてしまった為なのだろう、先を打つ様に話題に挙げるなら未だしも毒々しい自虐で出し処を失くしてしまうなんて。


 求めて止まなかった甘やかな一時の訪れに我知らず動揺と緊張を強いられたが故の言動と汲み取って呉れれば良いものを。この人は自分を下手に大人様に扱うものだから天邪鬼を字面通りに受け取ってしまう。嬉しいのですけれど、もっと身の丈に合わせて扱って下さればお互いに苦労が無いのに。

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