34-2,35-1

~34-2~


 二ヶ月と少しを病床で過ごした後に漸く自宅療養の許可が下りた。土地柄か重症の骨折患者に慣れ切ったらしい医師の見立てでは、少年期の回復力から骨の整復が歪に為さぬ様に必要な経過観察の期間だったと言うことらしい。

 

 個室の入り口に明らかに其れと解る警護要員が立って居なければ或いは鵜呑みにしたやも知れない。どう見ても事後処理が済むまで足手纏いを一括りに病室に押し込んだに相違なかった。然したる外傷もなく、薬の後遺症も出ずの健康体だった手配士が自分の退院直前まで隣の病床に居座った事が何よりの証左だろう。あぁ、今は副頭目に収まったのだったか。


 永らく目にする機会の遠退いた我が家ではあったが、庭先に入るや強張った身体の弛緩を自覚する程の居心地を保っていた。白堊の城と言うにはやや小振りで壁も煤けてはいるものの、何にせよ二人の愛の巣に帰還を果たせた事実に込み上げる某かは有るものだ。


 「…おかえり」

 車椅子を押すあの人が頭上で呟いた。

 

 「えぇ、漸く帰れました…二人一緒に」

 正しく安息を得る様に深く息を吸い込んだ。普段なら気にも止めぬ土の香り、芝から漂う青臭さすら愛おしんでしまいそうな心持ちだった。


 玄関までは。



 ~35-1~


 眼下の彼が唖然としている。頭上からでは顔色こそ窺えないが、そう形容する他はない空気が漂うのを感じていた。視線の先にはきっと、玄関脇に整えられた旅支度が捉えられていることだろう。


 「………はぁ?」

 理解を越えた光景に思考の無駄を悟ったのだろう。混乱、疑惑、呵責、其れ等に僅かばかり、関知されまいと寸前で引っ込めんとして仕損なった悲哀を織り交ぜた視線の切っ先が喉元に立てられた。


 「大頭目がな、”少し外を回って来い"と仰せなんだ」

 懐に忍ばせた旅券を摘まみ出しひらひらと弄ぶ。何の気も無いよう振る舞ってはいるが、実際には刺さる視線の冷やかさに背筋を伝う滴りの感覚を鋭敏に感じ取っていた。

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