35-2
~35-2~
彼の快癒祝いを手料理で飾ろうと思い立ったのは退院の2週間前だった。馴染みの肉屋に豚の膀胱とブレス鶏を発注し練習を試みたのが其れより5日の後。完成品の味見を誰に手伝わせたものかと思案していた頃合いに来客を知らせるベルが鳴った。
「おう、何ぞ面白い買い物をしたらしいのう」
思いがけぬ来訪に面食らう。既に新体制を発足した組合の大頭目に収まった義父殿が昼食の無心に来ようとは夢にも思うまい。
「…驚きました」
気の利いた洒落も浮かばず思ったままが口を突いた。義父殿は恐らく豆鉄砲を食らった様な相好であろう私にしたり顔で鼻を鳴らしている。
「其れは訪問についてか、それとも耳の早さにか?」
愉し気に問い詰める様、その茶目気が親子三代に脈々受け継がれて居る事を知るのは私一人なのだろう。無論義理の父よりも愛すべき伴侶達の其れをこそ拝みたいものではあるが。
「両方ですよ…話は変わりますが、昼食は御済みで?」
最早開口一番で相手の狙いは知れたようなものだったが念の為に問い掛ける。
「無論未だに決まっておるわ…ほれ、土産もこの通り」
無造作に寄越してきた紙包みを広げる。現れたワインボトルには『Louis Latour』の印字が見て取れた。
「取って置きを開けても良いんだがの、鶏料理なら気張り過ぎずにシャルドネの手頃な所の方が相性が良かろうと思うてな」
其れでも庶民の常飲には向かない価格帯の筈なのだが。私も多分に漏れないが、命を的に生業する人間は物の価値に頓着が薄いのは困ったものだ。
「其れは重畳、丁度仕入れた食材が仕上がった所ですので、どうぞ奥へ」
何にせよこれ以上の立ち話も無粋だ。偶には為せぬ親孝行を義父で間に合わせるのも悪くはない。毒見役の都合が付いたと思えばそう間の悪い話でも無い筈だった。
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