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~34-1~
何事につけ、最善手を採り続ける事が如何に容易でないか。無聊の慰みにと教わった盤上遊戯が存外以上に性に合ってしまった自分は、あらゆるに相対して其れを探る事を無意識にかしてしまう癖が付いて居たのだと思う。
あの場ではああするのが最も生きる公算が高いと踏んでいたし、事実自分が取り零したくない命は保つことが出来た。其処に不満は無い。
ただ、喉が裂けた。腰も砕けた。
前者は言わずもがな、後者は男が倒れ伏した際に強か床に叩き付けられた事に起因する。医師の見立てでは腰骨に亀裂が走ったそうで、万一頭ないし背中からであれば命の、又は残った身体を動かす神経の保証も無かったらしい。氷嚢にコルセットに患部を締め付けられた自分を其れ以上の力で抱き締め乍ら医師の説明を聞くあの人がこの時ばかりには鬱陶しい、そんな程度の痛みだった。
クイーンを捨て駒にチェックを掛けた様な具合と見れば、まぁ妥当な代償だったろう。必着の手は、結局あの人に委ねるより他無かったのだし。
「何だ、鈴鳴りの美声が潰れた蛙に化けたのう」
「丁度機嫌の悪い野兎がこんな唸りを上げますよ、郷里の茂みから似た声を良く聞きました」
其れにしても、この義父子の功労者に対する一貫した労いの姿勢には大概感心させられる。薬の抜けた手配師も病床の上で笑いを堪えていた。この手合は率先して咎めて下さる性分と理解していたのだけれど、どうやら毒気が抜けるに際し良心も幾らか置き去りにしてきたらしい。
こんな鬱陶しさで噛み締める平穏があって良いものか。嗤われる当事者でさえなければ実感も其れなり有ったのだろうけれど。
取り敢えず不機嫌を眼で訴えておく。細やかな抵抗だ。
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