33-7

~33-7~


 会話の最中、視界の端を蠢く影の正体には気付きたくもなかった。あらゆるを手駒に計上すべき状況と言えど、彼を其処に加える事について胸中の何がしかが許容していなかった。


 音を立てぬ様に床を這いずり男の足元を離れ向かった先は事切れた護衛の一人。私の位置からは男の脛が視界を遮って詳細は窺えない。が、どうやら遺体の腰に頭を据えて何かを顎に捉えんとしているらしい。


 ふと思い立ち、男の関心を引かぬよう注意してもう一人の遺体に視線を向ける。二人は共通の装具を身に帯びていた筈だった為其れによって彼の意図を汲もうと試みた。


 思わず目を覆いたくなる。かと言って無責任に視線を逸らすには深刻な現実だ。腰には二つ繋ぎにフラッシュバンが据えられているなど。


 それでも彼の企みは知れた。無論、到底上手く行くとは思えないが。音響閃光弾と言え至近で暴発すれば、アルミ粉で焼ける彼の顔が脳裏で母親の相好と重なった。


 無茶が実行に移される前には覚悟を決める必要が有った。最悪銃口を向ける先を老紳士に変えてでも時間を稼ぐ事を考えていた。その時は、自棄を起こした男の無理心中に付き合わされず済む様に祈る他は無いが。


 いつの間にか会話が途切れていることに気付く。時間にしても5秒に充たぬだろうが、それでも確かに途切れていた。


 瞬時に数瞬前の記憶を辿って会話がどちらの手番であったかを確かめる。義父殿、よもや孫の乱心に呆気に取られたのではあるまいか。手癖の悪さは私の仕込みではないと言って聞いてくれるだろうか。


 「…あぁっ!この餓鬼!」

 沈黙を怪訝に思った男が振り返り襟を掴み上げる。

 デリンジャーに手を掛け引き抜く。

 後方で同様にセカンドを抜く義父殿の気配を感じた。

 狙いをつける。振り向いた男と視線が交わる。あぁ、これは同着かな。


 「――――――――――――――」

 刹那に響いた凡そ形容し難いその音は私には曾て聞き慣れた絶叫で、10キロのトリガープルも苦になる程ではなかった。

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