31-1
~31-1~
山と積まれた木箱を一つ一つ除けて行く。成人男性五人懸り、とは言え内三人は怪我人老人パイプ喫みである為高が知れた作業効率では在ったものの、漸く堆い其の向こうに色味の異なる壁紙を認めるに至った。
「…此れか?」
多少乱れた息を整えつつ隣で比ではなく呼吸を荒げた店主に問い掛ける。以前に肺気腫を患い煙草は辞めると周囲に言ってのけた後も結局パイプに切り換えるに終わった阿呆には自業自得だ。
「…知らねぇ、俺も実物を見た訳でなし」
其れだけ答えると手近な木箱に腰掛け大きく息を吸い直す。確か中身は店で出す酒類の筈なのだが堂々と尻に敷いている。大した営業姿勢に感じ入りながら今度は義父殿に振り返る。
「兎に角ひっ剥がしてみましょう、"予定"まで時間がない」
あ、と気付いた時には遅い。義父殿も額に手を遣り首を振る。背中側から噛み付かれ放しになったシャツが襟元を一際強く引き上げ乱れた呼吸を更に難しくする。
「へぇえ、予定、予定ね、どんな予定なのやら」
冥府から這い上がるプルトーも斯くやと言って差し支えない声を漏らした彼はその後くつくつと嗤う声を絶やさずに続けた。
義父殿が彼に見えない様に自身の顳顬を指先でなぞる。嗤ってはいるが青筋が浮き上がる程に憤っていると伝えたいのだろう。先刻承知の事だ。背中は既に泪洟涎のフルコースで水分が満員御礼の有り様である。追加で酸味の利いた黄土色が襟刳りに流し込まれないだけ感謝したい程である。
「…何度も言ったろう?道案内だけで銃声を聞いたら直ぐ逃げ帰るよ」
ベビースリングに吊るされた伴侶に何回目か知れない説明を繰り返す。再び首が締まった。
「帰る、帰る、そう言ってまた嘘吐くんでしょ、知ってるんですから」
声色に震えが加わった。義父殿は最早意図的に此方を意に介さない様に決めたらしい。連れ立った部下の一人に工具を持ってくるよう指示を出すと自身はもう一人と共に残りの木箱を動かす作業に戻ってしまった。
未だ木箱に腰掛けたままの店主に目配せし店の方を指差す。席を借りる意図を読み取った店主が片手を鷹揚に振って応えるのを見てその場を後にする。今後を如何するにせよ、先ず彼を宥めてやらなければ動きようが無い事には違いなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます