30-1

~30-1~


 欠伸が漏れる、言うだけを言って見送った後は待つより他に仕様が無いのだから眠気の一つも振り返すのは当然の帰結だった。この頃では頭上に響く音にも聞き慣れた感が有り、其れ自体は喜ばしい事ではないのだろうけれど、微睡みの妨げにならないのは有難い。


 殺風景を通り越し寒々しさすらを感じさせる地下室ではあったけれど、手編みの肩掛けは自分の体温を逃さず包み込んでくれている為肌にまで寒さが染み込まず済んでいた。此もまた意識を眠りに誘う一因となっている事は先にも述べた通りだ。


 薄目に開いた視線の先には、身体の上を規則正しく波打つ暖色の上に一筋自己主張するヴァイオレット。さて、どんな顔を向けるのが正しいのか。


 揃いも揃って同じ表情で撫ぜるものだから来歴の察しが付いてしまった。となれば、老人の身許も其れなりに知れる。何がどう転んで共闘に至ったのかは知りようがないのだけれど、如何にか努力してみても矢張り嫌いにはなれない相手だっただけに安堵する自分が居るのは確かだ。


 何にせよ、此れが済めば帰れるのだと言う確約が何よりも自分の胸中を静やかに保っている事に間違いは無い。共に寝不足のあの人には申し訳も無いのだけれど、今暫くはこの微睡みの酩酊を楽しみたい。


 待ち焦がれるいじらしさではなく安心して眠りに就く信頼を示したとしても其れなりに可愛がって頂けるだろうと、甘い目論見で其の時がおとなうのを待つのだって結末に疑いを持たない証左だからと、都合の良い自己弁護を繰り返す毎に瞼は降りていった。

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