29-3

~29-3~


 眼下の一団は真っ直ぐにホテルの入り口を目指していた。屋外に身を晒す事を殊更恐れる様な動きだ。それならば一堂に会さず散発的に訪問すれば人目も引くまいに。恐らく其れを行えるだけの人の余裕が無いのだろうと見た。


 愈々に進退の極まった有り様の上に甘い誘いが有れば飛び付かずに居られないとは。胸中で毒づいてはみたものの、連中の浅ましさにさして嘲笑も呆れすら湧いては来ない。この程度にしてやられた過去の己に多少の怒りが過るが、まぁその程度だった。


 余計な感情に振り回されて良い程の自由も無い。全く大した伴侶ぶりを示した彼に感謝すべきなのだろう。ああ迄言われれば傷一つ無く彼を抱き上げて家路に着く事が当然の務めに思われた。


 最後尾を歩く護衛の姿が玄関の廂と重なる所までを見届けて部屋の入口に移動した。室外に出るのは合図を待ってからだ。吹き抜けになった二階の廊下は余程用心して身を潜めても護衛の何れかに見咎められ兼ねない。


 先程リストと共に義父殿から渡されていた不格好な目出し帽を被る。鏖殺するならば不要だろうと断ったのだが

 「万が一と言う事も有る、嫌なら帰れ」

 の一点張りだった。親子三代に渡って過保護の示し方が乱暴に過ぎる。有り難く使わせて頂く旨を伝えた今となっては多少の不格好にも眼を瞑る他無い。


 とは言え、襲撃に加わる面々は全て同様の姿で現れるそうだから悪目立ちはすまい。冷静に俯瞰すれば間抜けにも見える自身への慰めとしては些かに頼り無いが、何にせよ納得は出来た。


 後は只、最初の一発が放たれる瞬間を聞き漏らさない事にだけ執着していれば良い。

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