27-1

~27-1~


 正直に言って、足取りは重い。悠長に黄昏る余暇も在りはしないので其れでも一定の歩調を守って前へ進む。大方の理由は先程の老紳士との会話に起因していると理解していた。



~25-1-2~


 「直ぐに此処を発つんだ」

 胸倉を掴んだまま項垂れ目線を合わせようとしない私を諫める様に老紳士が告げた。

 「行先は…言わなくとも分かる筈、と言えば伝わるかい?」

 えぇ、十分ですとも。そう言って思い当たる場所は互いにとって一つしかなかった。急かしている理由も見当が付いた。


 「手回しが良いのも考え物ですね。身柄は抑えていないと、信じた私が阿呆でしたよ」

 掴んでいた襟を今度は突き放すように手放すと踵を返し入口へ取って返す。

 「すまない…彼奴が取り返しのつかない過ちを犯す前に…止めてやってくれ」

 廊下に控えているであろう誰がしかに合図を送らんとドアを叩こうとした寸前、老紳士の放った言葉の真意を測り兼ね手を止めた。


 「…何ですか、それは」

 不穏な空気を感じ取った本能が待ったを掛けるより先に口を突いた言葉はその後暫く私の後悔の種となる。無論、此の時は知る由もない。

 「私もそんなまさかが在ろうとは思いも寄らなかった、ただ彼奴の無念を晴らしてやれればと…」

 頭を振って消え入りそうな声で訥々と語り続ける老紳士。やめろ、その先は聞くな。警鐘を鳴らす本能に逆らって両足は床に縫い付けられている。



 「娘を失った次は忘れ形見を自身の手に掛けるなど…」

 絞り出すように呟かれた言葉の続きは一心不乱にドアを叩く音に掻き消されて聞こえなかったので今も謎の儘だ。

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