26-1
~26-1~
「此処であれば流れ弾の心配は無かろう」
案内されたのは建物の地下、見渡す限り壁ばかりの何も無い部屋だった。
「元はワインセラーとして使った部屋だとかで扉も頑丈な防熱扉だ、少し肌寒いかも知れんが…あぁ」
ふと気付いた様に自身の羽織る肩掛けを解いた老人は其れを自分の全身に掛けた。確かに薄着では少々心許無かった為好意に甘える事とした。
「手縫いですね、物の善し悪しも良く知りませんけれど丁寧な仕事の様で」
カーキを基調として系統の近い色を編み込んだ肩掛けにはしかし、ただ一筋だけ場違いなバイオレットが走っていた。
「娘からの贈り物でな、血で汚す訳にいかんから坊に預けよう」
手放す直前、老人の指先が名残惜しそうに菫色の上をなぞった様に見えた。
「直接お返しするのは難しいかと」
複数の意味を込めて返した。状況が其れである為恐らく意図した通りに伝わってはいると思う。いざとなれば墓にでも掛けておいてやろうと、流石に其れを口にするほど最早此の老人の事は嫌いでなくなっていたのだけれど。
「その時はヤツにでも呉れてやれば…其れも癪だな、其の儘坊が使えば良いわい」
老人は底意地悪そうに、しかし愉しそうに苦笑していた。
「縦んば次に扉を開けたのが儂だったとしても舌を噛むのは止めておけよ、アレは思う以上に痛い割に良う死ねんでな」
そろそろと立ち去ろうとした老人が思い出したように振り返って告げた。
「どうでしょう、罷り間違ってお二人が共倒れすれば誰にも気付かれず此処で飢えて死ぬしか在りませんから」
何方が苦痛の程がマシなのか知れたものでもない。
「其れもそうだな、まぁ坊が決める事だろうし好きにせい」
ではな、と付け加えて老人は地下室を後にした。飄々としたものだ、命を飯の種にする人種と言うのは総じてあんなものなのだろうか。後であの人に聞いてみることにしようと思った。
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