22-1

~22-1~


 此れはあの人にも打ち明けて居ない事なのだけれど、不意に訪れた閑暇には何時も身体の喪失感が付き纏う。考えてみれば無理からぬ事なのだろうと思う。最初に右腕を失ってから一年と少し、未だ物心ついてからの記憶の一割五分にも満たない月日の内に解消するには持て余さざるを得ない瑕疵だ。今の様に第二の足も取り上げられてしまっては愈々その感は高潮に差し掛かる。


 教会から自分を連れ出した連中は敢えて荷物を増やす事を厭うて其れを客間に置き去りにしていった。ぞんざいに疎ましげに扱う様な事も無く安置して行った事だけが奴原の所業を看過できる唯一の点だった。


 あの人から与えられた自分の半身をもしも足蹴にでもしようものなら抱える腕の肉を噛み千切ってやろうと終始唸り声を立てていた。恐らく眼も血走らん程に激昂していたのだろうと思う、余韻なのか側頭部の血管が拍動し微かな痛みを伴って居る事に気付いていた。


 寝かされた粗末な寝台の上で呼吸を整える。あの人の事だ、白馬の王子宛ら迎えに現れた折に自分が不細工を晒せばどんな皮肉が飛んで来るか分かったものではない。斯程な無神経を惚れた弱みに付け込まれ許容してしまう自分にも責任の一端は有るのだろうか。


 あれが生来身に沁みついた歪んだ諧謔であるとするならば友人の少なさも納得が行くのだけれど、件の女性はそんな男に惚れる要素を一体何処に見出したのだろうか。昨夜の尻切れ蜻蛉の行く末は未だ自分の脳裏で宙吊りのまま空転し続けている。


 思い返せばあの人が涙を流す様を目にしたのも初めての事だった。其れだけの相手だったのだろう、その事に対し思う所は無い。いや、正しく言うのならば思った所で詮無いと理解している。故人への嫉妬こそ折り合いをつけてしまわなければあの人諸共に参ってしまうだろう。決してあの人に彼女と自分を天秤に掛けさせるような無理を強いる訳にはいかないと、其れだけは即座衷心に誓ったのだから。


 「僕は何とも思って居ませんよ」

そう伝えるのも何か今一つ筋を違えている様に思えてならない、事実そんな筈は無いのだと自分自身が待ったをかけた。自分がそんな状況で在れば、あの人は屹度そんな虚勢を張らせてしまったご自身を激しく責めるだろう事を察していたからかもしれない。


 勿論終わりまで聞きたい気持ちに相違はない。けれど、その後に何と声を掛ければ互いの気持ちがしっくりと納まるのだろう。幸いにして考える時間には事欠きそうにない。

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