21ー3

~21ー3~


 老紳士との距離を測る、瞬きの間には詰められない。即座に照明に向けて鏨を投げ放つ。室内を暗闇が、占めない、照明は工具台の傍らにもう一つ。しかし相手方の放つ弾道を狂わすには十全な成果だった。


 銃撃の合間を縫う様に工具台に駆け寄る。照明を手に取り無造作に放り投げた。数人の呻き声と共に今度こそ完全な暗闇が立ち込める。手探りで無作為に工具の一つを掴んで駆け出す。当て所ない逃走ではない、完全には密閉されていなかった窓からは僅かな陽光が差していた。


 位置を悟られぬよう注意しながら壁沿いをひた走る。数メートル先では男達の怒号、予備の照明を点灯するよう指示する声も聞こえる。脱出に許された時間は少ない。


 壁に添わせていた手の甲が壁材の変化を感じ取る。立ち止まり壁をまさぐるとドアノブらしき突起を探り当てた。念の為回してみるが当然に施錠されていた、持っている工具を振りかぶる。


 突起がへし折れる音と感触、所在を察した男達が近付いて来る気配が感じられた。ドアらしき壁面に向かって体当たりを試みると急激に視界が明るくなった。工具を後方に向けて思い切り投げ飛ばした私は其処で初めて自身が握っていた物の正体を知り悪寒を覚えた。使い古されたボルトカッター、歯には明らかに錆とは異なる赤黒い染み。どうやら多少の無謀を度外視して行動に至った事は結果的に正解だったと見える。


 ドアから差し込む陽光が朧気にも追跡者の影を浮かび上がらせていた事も有りボルトカッターはその内の一人の足許を見事に捉えたらしい。雄叫びにも似た悲鳴を背後に既に駆け出していた私は工場郡の入組んだ構造を利用してまんまと逃げ果せる事に成功した。


 あくまでも持論だが、交渉の余地が有ると相手が考える内は交渉の席に着かないことも一つの手だ。現状連中に彼を殺すメリットは無く、寧ろ私の報復を警戒し迂闊に傷付ける事も叶わないと思って良い筈だ。


 手段を選ばず自身の生命すら対価にして私が挑みかかってくれば多大な損害を蒙ると理解している相手だからこそ此の手が最善であると言い切れる。互いに見知った相手を敵に回した以上互いの手を読み合った上で如何にして効果的な裏をかいて次の手を打つかに勝敗が係っている。常の老紳士ならば先ずもって私の身柄所在を押さえる事を第一とするだろう。


 当面は自身を餌に彼の安全を買いながら救出の機を窺うのが最善だろう。恐らく敵も私がその様に動くと予測して手を打とうとするだろう。そうでなければ、困る。何にせよ彼の安危の真偽を確かめる必要が有る。都合良く道端に転がる空き瓶を踏み割り破片を用いて手首の拘束を解いた私は一路教会を目指した。

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