21ー2

~21ー2~


 返答に詰まる素振りで視線を泳がせる。薄暗い室内の広さは把握できない、私が着席を強いられている一画が衝立によって区切られているからだ。しかし先程から交わされる言葉の反響から凡その想像をつけた。


 入室してから微かに感じるプロパンや塗料、機械油の残り香から機械工場と言う所迄は当たりがつく。身体の自由が効かず混然とする意識の中でも移動に要した時間と車の振動、車外から響く物音に神経を割くだけの余裕は有った。


 セーフハウスからの距離、右左折の回数、通り過ぎた工事現場。自身の所在を推理するには充分な情報が揃っていた。恐らくは大通りを挟んで街の東に点在する工場郡の一つに連れ込まれたのだろう。我ながら安楽椅子探偵も斯くやと言える名推理である。此れで全く見当違いだったとしたら笑うしかないが。


 「…安全の保証が無いのなら白状する筋合いも無いのが道理とは思いませんか」

 恩に報いろと言える程に私が一方的に寄生していた訳ではないだろう。実際にして反逆に上手く利用されていたのであれば寧ろ此方が恩を着せて初めて対等と言える筈だ。


 「まぁそう言うだろうとは思っていたよ」

 先程と同じテーブルから小振りな鏨を選びとる老紳士、手始めは打撃からだろうと高を括っていた私は内心冷や汗をかく。見た目に弱り切って相手が油断した頃合いに反撃と脱出を目論んで居たのだが存外に相手の血の巡りが早かった。


 老紳士の左掌が此方に向かってくる。其れが手足を目指して来るのならば未だ辛抱の仕様も有ったのだろうと思うが、今日は悉く当てを外されている。


 頭部目掛けて伸ばされた掌を認めるや許される限界まで身体を捻る。老紳士に向かって180度回転するように木製の椅子を横薙ぎに振り回した。狙うは相手の膝頭、と言うよりも角度的に其処を狙うより他が無いのが囚われの身の悲しさである。外れたとて勢いそのままに椅子を下敷きにして叩き壊せば其れなりに身動きも取れる筈だった。


 老紳士の呻き声、轟音と共に四肢の可動域が広がるのを感じる。どうやら座して死を待つしかない先程迄よりは光明が差したらしい。その場で前転しその勢いを利用して縛られた手を身体の前面に回す事に成功した私は老紳士が取り零した鏨に手を伸ばした。

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