21ー1
~21ー1~
視界が明るくなる。乱暴に取り払われた麻袋が耳許を掠め鋭い痛みが走った、思わず舌打ちし視線で下手人に不満を訴える。
「あぁ、ごめんなさいよ」
悪びれもせず形ばかりの謝辞を述べる男は私の耳に触れようとしたが頭を振って拒絶の意思を示す。言葉を発するには未だ舌の痺れが回復するのを待たねばならないようだ。
「もう身体を動かす余裕が有りますか、大したもんだ」
私の状態を知ってか知らずか感心するように呟いた男は傍のテーブルに乗せられた工具類からラジオペンチを手に取り私の肩を掴む。後ろ手に縛られた結び目が手首の皮膚を引き攣らせる、どうやら先程から意図的に粗雑に扱われているようだ。であれば、この後の施術も相応の覚悟が必要なのだろう。
案の定、男は肩口に刺さったX-26の電極にペンチを当てるかと思いきやその先端を傷口に抉り込ませた。思わず声が漏れる、声にならぬ声を発して間抜けを晒すと言うのは中々以上の屈辱だと初めて知った。
「無駄に苦しませるな、さっさと抜いてやれ」
あぁ、出来る限り其方に意識を向けない様にと気を払っていた方角から聞き慣れた声が届く。反射的に視線を向けなかったのは我ながら見苦しいほどの最後の抵抗だ。其れでも、その事実を受け入れるには今暫しの心の準備が欲しかった。
「はぁ、オヤジはこんな時ですらお優しいこって」
全く同感だ。
「話す事が山と有る、遊ぶなら後にしろ」
前言を撤回したい。
「…さて、約束通り今後の話をするとしようか」
対面の椅子に腰掛けた老紳士が口を開いた。
「念の為伝えておくが君の大事な彼は此方で預かっている」
淡々とした口調、向きではない悪人を勤めるのも労が要ると見える。
「このまま造反の嫌疑を被ったまま死んで欲しい、が、一つだけ聞きたい」
最早見ていられない、項垂れるように頭を垂れた私の耳に椅子から立ち上がった老紳士の足音が届く。
「返答の次第では二人で逃げても構わない、どの道追手は掛かるのだろうが、其れならせめて今までの恩を返して行って欲しい」
視界の端に磨き上げられたストレートチップを捉える。イギリス靴とスリーピースに合わせる為に病的なまでに摂生を自身に課しているらしいとは誰から聞いた噂だったか。
徐に頭髪を掴んだ右掌に追従するように顔を上げた。視線が交わる。
「資金洗浄リストの在処だ、それだけ教えてくれれば良い」
悲痛な面持ち、泣きたいのは此方の方だと言うのに。しかし瞳に揺るぎは認められず、これは素直に所在を教えた所で生かして帰しはしないだろうと、直感的に察してしまった。
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