17-10,16-7

~17-10~


 出自を辿れば、どうもオーナーの親戚筋らしいと専らの噂だった。となると幹部連の血筋、街の中では其れなりの家格に在る筈の少女が売春宿の下働きをしている事を誰もが訝しんだ。しかし其の疑問は眼前の面相を目の当たりにすれば誰もが得心、或いは邪推をするのだろう。


 左眼の周辺に広がるケロイド、其れが顳顬に走る縫合痕に引き攣られている様は垂れ下がった前髪の隙間からも容易に窺える程の重傷だった。掻き上げられた右前髪の下に広がる整った顔立ちが対称的で一層の痛々しさを助長している。周囲の視線を感じる器官が失われていると言うのは、この場合寧ろ幸運と言えるのだとは後日の本人の談だ。


 しかしそんな本人の心持ちを未だ知る由の無い私は相手の顔をまじまじと見据える非礼を犯す事を恐れ、先程まで自身が繰り出そうとして思わず引っ込めてしまった謝辞を手繰り寄せるのに内心必死であった。


 「あぁ、申し訳ない、厨房のスタッフです、服にワインを溢してしまって、仕事場をお借りしてます」

 見た所自身と同齢か其れより少し下程度の少女に畏まった言葉を辿々しく紡ぐ私。端から見れば、いや今自ら思い返しても無様の一言に尽きた。言い訳をするならば、相手の第一声から察せられる育ちの良さにも原因は有る。萎縮していた事に代わりはない以上本当に言い訳にしか成り得ない主張ではあるが。


 「そうでしたの、お声掛け頂ければ私が引き受けましたのに」

 私の発した声を頼りに此方に視線を移した少女は穏やかな笑みを浮かべていた。憂いや嫌味を含まないその笑顔、成る程メイドではなく下女として雇われている理由も容易に想像がついた。歪んだ庇護欲、嗜虐心の持ち主には堪らない清純な雰囲気に不覚にも言葉を失った。


 「いや、そんなとんでもない、此方の都合で便利に使っては姐さん方に叱られてしまいますよ」

 実際にしてメイド達も女主人も彼女を妹か娘の様に可愛がっている事は全ての従業員に周知の事だった。明るく礼儀正しく、後天的な瑕疵を物ともせずに仕事を楽しむ彼女の有様は確かに健気で愛らしく見えたのだろう。



 ~16-7~


 またもや矢鱈に誉めそやしている。しかし先程の手配師さんの昔話とはどうにも趣が異なっている様に思えてならない。


 「…今度も色っぽい話にはならないと言う落ちなのでしょうね?」

 瞬間凍りついた様に語り口を止めるあの人。間髪入れず肩に回されていた掌に噛み付いた。


 「待て、ちゃんと話す、兎に角落ち着け」

 噛み付いた自分を振り払おうとせず甘んじて痛みを受け入れる殊勝さは結構な事ですね。


 「良いでしょう、後程ゆっくりと詳細に伺う事としましょう」

 取り急ぎは続きをどうぞご自由に、と情感たっぷりに吐き捨てた自分はあの人の膝上に腰を下ろすと首元に顔を埋める。「精々言葉選びは慎重になさる事ですね」と言う自分なりの警告だった。

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