15-2

~15-2~


 私の意思表明を聞き互いの思慕を確かめ合った彼は満足そうに寝息を立て始めた。体力は限界に近かったろうに良く気丈に耐えたものだ。この小さな身体に何れだけの想いを詰め込んで此処に在るのか、無論募らせた恋慕の嵩において後塵を拝する心算も無いが。


 何はともあれ、決意を固めたからには行動を起こし始めねばならない。病室の扉を開け廊下で待っていた老紳士に目配せする。


 「…場所を変えるかい?」

 私の背後に視線を遣りながら発せられた問。恐らく寝入った彼への配慮なのだろうが、愚問だ。


 「昨夜の今朝で離れる気になれると?」

 自分でも意外な程に怨嗟の籠った声だ。意識の外でも彼への想いに起因する感情の盛衰が起こると知れた事を悦ぶのは倒錯し過ぎているのだろうか。最早溺れる事に迷いは無いのだが。


 「…ではお邪魔させて貰おう、長くなるだろうが大丈夫かい?」

 此れは休眠を摂っていない私への配慮なのだろう。知ったことか。構わず首肯し室内に招き入れる。用意して貰った個室には来客用のソファが有る。無論事務所の其れには遠く及ばない量販品ではあるが無いよりは良い。対面に腰掛けた老紳士は早速と口を開いた。


 「繰り言になってしまうが改めて謝罪する、本当に済まなかった」

 深々と頭を下げる老紳士。しかし私の視線は自覚できる程に冷ややかだった。


 「起きた事についてであればもう充分です、結果から言えば大事には至らなかったのですし」

 一方的に罵詈雑言をぶつけられる程此方に非が無い訳でもない。実害で言えば相手の方が遥かに被っているとなれば尚更責める気も失せようと言うものだ。


 昨夜、力無く項垂れる彼を抱え茫然自失となっていた私を救ったのは店の奥からとって返した店主だった。本来その任に就くべき手配師配下の組員は未明に酒店近くの路地で遺体となって発見されている。


 当初その事実は私に隠されていた 。護衛役が抵抗の痕跡も無く役目を果たし得なかったなど言い訳にもなるまいと老紳士が判断したのだろう。彼の治療中「どう言うことだ」と詰め寄る私を制する側近の大男を締め上げて漸く其処まで聞き出した。


 交代に訪れた組員も含めて二人、唯でさえ少ない手勢に其れだけの深傷を負ったとあっては、脳裏に渦巻く感情にも抑えを利かせるより他は仕様がなかった。

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