10-2

~10-2~


 事の発端は10日前に遡る。


 「会合の警備、ですか」

 珈琲の注がれたカップを燻らせながらあの人が手配師さんの言葉を繰り返した。


 「半年以上も実戦から離れた人間に任せるには重責ではないかと」

 カップを置き空いた右手で膝上の自分の髪を撫ぜながら溜め息混じりに呟いている。


 「お説ごもっとも、だが、其れを差し引いても頼めないかと思っている」

 対面に座る手配師さんが神妙な面持ちで返す。いつかの談笑の雰囲気と対照的に誰もが暗く疲弊しきった雰囲気を醸し出していた。


 「元々事務所での会合に使っていた人員で賄えない理由が伺いたいのですが」

 何処ともなく漂わせていた視線を手配師さんに向けて訊ねる。込み入った事情が有るのだろう事は茅の外の自分にすら予想がつくのだから当然の疑問と言えるだろう。


 「…今度の会合、本来であれば一月前に予定していた物なんだが」

 うんざりと言った表情で手配師さんが口を開く。


 「手勢の少ない幹部連中が揃って代役を立てると言い出して聞かず、結局これまで実現できずにいる」


その後語られた内容を要約すると以下の様になる。


 例の造反者の一件は未だ進展を見せず膠着状態が続いている。幹部達の相互監視は継続しており組合全体に緊張感が走る中、以前に一部の幹部から出た粛清案が現実味を帯びているかのような噂が噴出し始めた。


 曰く誰かが禁制の銃火器を大量に仕入れた、曰く街中の掃除屋が競うようにして各幹部の手勢に引き入れられている。監視に手を割いた分だけ事実確認の追い付かないそれらの噂は止めどなく蔓延し疑心の種は再現無く撒かれている。


 無論その背後に造反者の作為が介在しているだろう事は明らかだが、古参の幹部は有事に備え保身に走る物が大多数を占めてしまっているらしい。


 「確かに調べて見たところ物の出入りや人の動きに不審な点は有るようだ、私自身慎重を期す必要も感じてはいる」

 「だとしても現状の有り様は情けないにも程がある、だからこそ身を晒す事で幹部の胆力と組合への信義忠誠を示そうと言う者は数える程だ」

 胸中の怒気を隠そうともせず言い放つ手配師さんの顔からは常の穏やかさが微塵も感じ取れなかった。


 「とてもでは無いが曾ての派閥抗争で血の雨を降らせた連中とは思えん、血気だけは盛んな若い連中の方がまだましに思えてしまうよ」

 髪を撫ぜる手が一瞬止まった様な気がした。思わず頭上のあの人に顔を向けるが別段変わった様子は無い。気のせいだったのだろうか。


 「…済まない、最後のは余計な愚痴だったね」

 ばつの悪そうな顔で謝辞を述べた手配師さんは居住まいを正しそれきり口を閉じた。


 「知らない仲でもないでしょう、愚痴の一つや二つ聞きますよ」

 代わりにあの人が口を開く。手の動きは変わらずにいたが視線はいつの間にか自分の顔に落とされていた。


 「ただ、事情は把握しましたが私をご指名の理由が未だ伺えていません」

 かれこれと1年以上をこの人と共にしてきたけれど、感情の読めない無表情は初めてだった。


 話題に興味が無いのか、或いは先程感じた違和感と関係が有るのかすら判別がつかないなんて。思いの外傷付いた自分はそれ以上あの人の顔を見る事すら厭うてしまい、その胸元に顔を埋め知らん振りをするのが精一杯だった。

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