6-2
~6-2~
運ばれる内にまた眠りに落ちてしまったらしく、夢を見た。あの人の腕に抱かれて見る夢であるならば幸せな物で在って然るべきと思っていたのだけれど、如何な安らぎの中に在っても過去の心的外傷は容易く拭いきれない物だと言う事を最近は忘れかけていたのかも知れない。
何かが自分の眼下に向け落ちていく。表面は白磁の様に真白い棒状の其れは一方の先端が五つに枝別れしている。もう一方はと言えば、表面の白さとは対照的に赤黒い液体を滴らせている。
其れが先程まで自分の右腕の役目を果たしていた肉だと気付くのには数瞬を要した。声に成らない悲鳴を上げる、眼前の観衆は自分の様を観て歓声を上げている。不思議な事に痛みは無い、其れが尚更に自分の思考を混乱させていく。有るべき物が有るべき場所に無く、其れを喪失した感触が無いと言う事が此れ程の恐怖を生むと言う事を知らなかった。
先程から何度となく右腕の在った場所を確かめる為に顔を向けようとするが、何か器具に固定されているのか視線は観衆の方に向けられたまま動かす事が出来ない。それは四肢においても同様で、先程落とされた右腕の以外の三肢は感触こそ在れど身動きが取れない。舞台上の司会が高らかに声を上げる。その意味を理解した時、気が触れてしまわなかったのが我ながら不思議に思えてならない。
「続きはまた次回のお楽しみ」
いっそ発狂した方が楽だったのかも知れない。
器具に固定されたまま演者の控室、とは名ばかりの檻へと下げられた。拘束が解かれる、突くべき腕が片方しか無い為着地に失敗し床に倒れ込む。視界の端にはっきりと映り込んだ右腕の在り様に改めて絶望する。切断面は止血の為に焼かれたのだろう、肉の赤と脂肪の白が入り混じり凄惨な傷痕として体に刻み込まれている。
いきなり頭上から液体を掛けられる。鼻を刺すような刺激臭、消毒用のアルコールらしい。噎せ返る様な酒精の臭いに嗚咽が止まらなくなる。
…あぁ、だから今でもお酒の匂いが苦手なんだ。
此れが夢である事を理解している自分は混乱と恐怖と、麻酔が徐々に解けた事により襲ってきた激痛に身悶えながらも、何処か冷静にそんな事を思考していた。
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