5-4,6-1

~5-4~


 「取り敢えずの調査報告としては以上だ、新しく分かった事が有ればまた使いを遣る。追加の料金は必要無い」

 此方の様子を察した店主はやっと相好を崩す。


 「其れは随分と有り難い話だが…やけに気前が良いな?」

 どんな裏が有っての事なのかを問う心算で尋ねる。此方の意図は正しく伝わったらしく店主は言葉を続ける。


 「副次的な収穫とは言えトップシークレットと言って差し支えない組合の一大事だからな、価千金の情報を得る機会を恵まれたとあったはこれ以上集る気にもならん」

 そう言った店主は徐にカウンターの清掃を始めた。もう店仕舞いにすると言う意思表示なのだろう。



 「じゃあ今日はこれで、助かったよ」

 ボックス席に歩み寄り彼を起こさぬように再び抱き抱えた私は店主に謝辞を告げた。


~6-1~


 浅い眠りの中に感じた不意の浮遊感に自分は目を覚ます。鼻腔を擽る香りからあの人に抱き上げられたのだと気付く。ならば此の儘微睡の中で愛する人の腕に抱かれる快感を堪能しようと狸寝入りを決め込む事とした。自分の頭より少し高い位置からあの人の囁く声がする。


 「近い内にまた邪魔させて貰うよ、此れは酒の匂いは嫌いだが遊び相手が出来るのは嬉しいらしいから」

 またそんな勝手な事を、と心の中で異議を唱える。自分がこの数時間の内に幾度嫉妬の炎に身を焦がしたか気付かないで居る事が無性に腹立たしい。


 自分は貴方以外の知己など必要としていないし、貴方にもそう在って欲しいと切に願っていると言うのに。貴方はそんな自分を余所に凡百を魅了して居る事に気付かないのですね。罪な人。


 しかし最近はこんな独り善がすらも楽しむ余裕が生まれてきた。時折度を越して妬ましく思い取り乱す事も有るが、その頻度は極端に減った自覚が有った。全てはこの人の注いでくれる無償の愛に起因するのだろう。その事実が酷く喜ばしい。


 嫉妬も慚愧も其れ等を根源とする狂気も含めてその全てを他の何よりも優先し自分に寄り添ってくれるのだと知ってからは自分の持つ精神的な優位性が誇らしく思えた。


 自分がこの人無しでは生きていけないのと同様に、この人は自分の憂慮を晴らす事を人生の第一義に置いてくれている。此れは最早恋人や伴侶すら超えた位置付けと言って良い。互いの人生が互いの為に在り、互いが其れを常に実践出来て居るだなんて。その事に思いを馳せる度に達してしまいそうになる程の幸福だった。


 貴方が愛しすぎて狂ってしまいそうです、疾うに狂って居るのかも知れませんね。


 愛しの方は狂気を抱いて愛の巣への帰路を歩み出した。今宵も沢山愛して下さるのでしょうね。

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