3-6

~3-6~


 「仕入れ先、調べておいてやろうか」

 暫しの沈黙の後、タンピングを終え再び紫煙を燻らせ始めた店主が口を開く。


 「片付いた仕事に必要以上の介入はトラブルの元だろ」

 最後の一杯をグラスに注いだ私は暫しその琥珀色を視覚で堪能してから勢いよく体内に流し込んだ。


 「だが」

 空いたグラスをカウンターに置きコートを手に席を立つ。


 「安全マージンは十分に取るのも俺の主義だ」

 隣の席の店主に向き直り頭を下げる。


 「手間だと思うが、宜しく頼む」

 下げた頭に手を添え無造作に掻き乱しながら店主は笑い声を上げる。


 「つい半年前まで死にたがりだった小僧が殊勝になったもんだ。…いい出会いをしたな」

 最後の一言で顔から火が出る。添えられた手を払い除けて一言文句を、と思ったが店主の顔を見てその気も失せた。


 「生憎と、もう一人で完結させていい命じゃなくなったんだ」



 「ただいま」

 店主に別れを告げ店を後にした私は其の儘帰路についた。本来ならば組合の事務所に立ち寄り報酬を受け取る必要が有るのだが、店主との最後の遣り取りの所為か無性に彼の事が気になってしまった。


 無論既に寝台に潜っているだろうと予想していたし、事実彼の姿を見付けたのは二階の寝室だった。予想と異なる点を一つ上げるとするならば、寝台に体を横たえる事無く座して私の帰りを待っていたと言う事である。


 「お帰りなさいませ、家主様」

 出迎えの台詞と共にこちらに腕を差し伸ばしてくる。その動作に応えるように彼を抱き上げ寝台に腰掛けた。


 「遅くなってすまない、待っててくれたのか」

 彼の頭を胸元に押し抱きながらその髪を指で梳いていく。外から帰ったばかりの私と然程体温に差が無い事に気付き反対の手で毛布を引き寄せ彼の背中に掛ける。


 「ご存知でしょう?今日の様な天気は痛みで眠れないのです」

 私の胸元に額を擦り付けながら彼が答えた。言葉とは裏腹に、声色には満ち足りたような響きが有る。


 「そうだったな、すまない」

 脇に回された彼の右腕を取り切断面に口付ける。其の儘上腕から肩へと辿るように唇を滑らせ最後は首元に顔を埋めた。


 「先程から謝ってばかり」

 くつくつと笑い声を上げる彼。くすぐったさ故なのか、謝辞を繰り返す私の滑稽さを笑ったのかは判断が難しい。


 「あぁ、すまな」

 酔いと多幸感に支配されまともな思考が出来ず壊れたレコードの様に再び謝罪を述べそうになった私の唇を自分のそれで強引に塞いできた。


 「もう、またお酒ですか」

 呆れ顔と笑い顔の合いの子のような表情を浮かべた彼は軽く身を離すと先程のお返しと言わんばかりに腕の先で私の頭を撫でた。


 「酔う程には飲んでいないさ」

 酔漢の常套句を述べながら更にお返しだと彼の頬を撫でる。


 「嘘、今日はいつもより素直でお優しいです」

 頬を撫でる私の右手に両腕を添え首を傾げ触れる面積を広げようと努めている、いつもの癖だ。


 「その言い方だといつもは捻くれていて厳しい様に聞こえるんだが」

 瞳だけは真っ直ぐに此方に向けてくる彼に苦笑いで返す。


 「その点についてはお互い様かも知れませんね、僕もこんな時しか素直になれない」

 同様に苦笑いを浮かべた彼は溜息を吐く。言われてみれば、同衾するときは常よりも口調が柔らかいのだなと気付いた。


 「それなら、偶には恋人らしく甘く語らいながら睦み合うのも良いかも知れないな」

 掌は頬に添えたまま親指を彼の下唇に添わせる。指先がちょうどその中心に達した刹那、軽く開かれた彼の口内に親指が吸い込まれた。爪の付け根あたりを甘噛みしながら指先を舐ってくる。先程までと一転して挑発的な目付きに変わった彼の表情に釘付けになる。両腕を肩に当て体重を掛けてくる、抗えない重さではないにも拘わらず私の身体は寝台のマットに沈み込んだ。体を倒した弾みで親指が彼の口から外れる。


 のそのそと身体を擦り付けるようにして私の身体を這い回り互いの顔を正面に捉える位置に陣取った彼が口を開く。



 「どうせなら、甘やかな言葉に包まれながら暴悪に犯されたいと存じますが?」

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