3-5

~3-5~


 見世物小屋と言う呼称を最初に用いたのが誰なのかは聞き及ばなかったが、実状と比較してかなり柔和な表現だとは今でも思う。その小屋の実際は人身売買を主たる商売とする組織が国内外を問わず集められた商品の競売を行う地下劇場だった。


 其処では夜毎商品のデモンストレーションと称して倒錯した趣味人を悦ばせる為の演目が開かれていた。人体の切断、焼却に始まりその肉の料理としての提供、極め付けにはどこから持ち込んだのか猛獣との剣闘まで行われていたらしい。猛獣の手配がつかない時には商品同士でも其れを行わせたとか、知る必要もないだろうそれら演目の実態を依頼の事前情報として詳細に聞かされた私はこの仕事に就いて初めて辞退を検討した。


 無論そのような我儘は通らない、誰かがやらねばならない仕事でありその誰かとして私に白羽の矢が立った以上は否も応も無かった。胴元は国際的な組織であり警護の人員も多く配置されているとなれば尚の事頭数が必要だったのだろう。事前に潜入していた人員から招待客として招かれた私は先鋒として警備員、調理師、調教師、果てはゲストの一部に至るまで適切な処置を行った。仕事の成果としては十全な物だったが、其処に思いがけぬ邂逅が付随してくるとは予想していなかった。繰り返しになるがその邂逅は今屋敷で寝ている。



 「あの一件で捕縛した連中はそのまま当局に引き渡した訳だが、その後俺の所に組合から妙な指示が出たんだよ」

 カウンターに並べてあったパイプから愛用の一本を手に取った店主は慣れた手付きで葉を詰めこれまた愛用のガスライターで丁寧に着火する。


 「もったいぶらずに言えよ、指示ってのは?」

 先程までの心地良い酩酊感が悪い方に変化しつつあった私は不機嫌を露わに続きを促した。


 「『当局に引き渡した事実を情報として各所に流せ』と言われたんだ、それも可能な限り広範囲にな」

 その後店主の口から語られた事の顛末は次第に年寄りの昔話を多分に含んだ長たらしい自分語りへと変容していった。不必要な話には適当な相槌を返しつつ必要な情報だけを整理し記憶に収めていったが、閑古鳥の最大の要因はこの無駄話にこそあるのではないかと疑い始めていた。要約すると以下のような内容になる。



 国際的な組織と比較した場合に我らが組合は精々が街一つを掌握する程度の規模でしかない。資本力情報力武力を以てしての実効制圧力、何れに於いても後塵を拝する事を余儀なくされる以上強力な防衛の一手を其れ等とは異なる形で擁する必要が有った。組合の「上」で議論が交わされる過程で分かり易い一例として候補に挙げられ、そのまま実案として採択されたのが公的権力の誇示であった、と言う話らしい。

確かに報復に対する牽制と新たな勢力の介入に対する抑止を兼ねた上策と言えるが、


 「其れが今晩の仕事にどう関係するんだ?」

 脱線の多い語り口に愈々嫌気が差した所で最大の疑問を投げかけた。既に時計の針は0時を回っている。


 「ん?あぁ要はな、禁制品の葉物は暫く大っぴらに出回り辛くなる予定だったんだよ」

 話の腰を折られた店主は多少反省したのか今度は簡潔に答えを返してきた。


 「虎の威を借るにも見返りが必要でな、後ろ盾として利用する代わりに組合が懇意にしていた仕入れ先の情報を求められた訳だ」

 要は組合との癒着を隠匿するためのスケープゴートとして、また警察機構としての名声の為にそいつらが軒並み引っ張られたという事らしい。


 「魚の群れは海中の網をそれと知らずに突っ込んでくるがな、悪人の群れは捕えようとする手にはえらく敏感だ」

 然して上手いとも言えない喩にも関わらず何処かしてやったりと言う顔を浮かべた店主はタンパーを手に取りパイプの灰を均し始めた。


 「要は連中が商品をどこから仕入れたのかが問題、って訳か」

 空になったグラスを片手で弄びながら結論を述べた私に店主は満足そうに頷いた。

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