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~2-3~


 そんな自分の葛藤を余所に酔った勢いで軽々しく一線を越えようと試みるあの人に対し思う所が無かったかと言えば、五体満足ならまず平手乃至蹴りの一つもお見舞いしたのではないだろうか。酔漢にセンチメンタリズムのなんたるかを説くこと程の徒労は無いだろうけれど、長く募った恋慕が結実するにあたって強すぎる酒気に酸味がトッピングされた口付は無粋の域を超えて暴力に近かった。このまま流されるように何もかも許してしまう前に最低限の居住まいを正して頂こうと


 「嫌、です」

 最初ははっきりと拒絶した。本音を言えば諸々の理由は完全に後付けであり単純に酒臭さが生理的に受け付けず反射的に拒絶しただけなのだが。言い訳として当時は未だ発声が覚束無い状態であった事も添えておきたい。



 機嫌を損ねたのか、傷付いたのか、感情を表に出すまいと顔を強張らせたあの人は消え入りそうな声で一言「そうか」と呟き身を引いた。その行動自体は予想の範疇だったが思いの外動作が素早く、引き留める序に先程のお返しをせんと身を乗り出した結果目測を誤り勢いよく鎖骨に齧り付く形になった。状況を呑み込めない酔漢と己の不調法を恥じる餓鬼はいずれも身動きが取れず、叶う事なら帰宅した時点からの仕切り直しを要求したい気分だった。


 やがて我に返ったあの人は未だ齧り付いて離れない自分を片手で抱き上げるともう一方の手で車椅子を向き直し其処に自分を下した。先程の行為で引き留められた事にも気付いたのか、その後も立ち去ることは無く自分の肩に手を添え無言のまま見つめてきた。次に自分が発する言葉を待っているのだろう。


 「嫌、です、お酒臭いままなのは」

 求められた事に対する幸福感、拒絶されたと勘違いさせてしまった事に対する罪悪感と焦燥、引き留められたことに気付き、自分の言葉を待ってくれた事に対する安堵。そしてそんな風に感情が目紛るしく二転三転出来る機能が自身に残っていた事に対する衝撃なども含め完全に許容量を超えていた自分の発する声は明らかに震えており、頬には一筋何かが伝う感触が有った事は今思い出しても無い腕で頭を掻き毟りたくなる。

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