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 自分を悪所から救い出し身柄を引き取るだけに留まらず、衣食住に加え新しい足まで貢がれたとあっては、男女を問わず心が傾かない訳は無かった。最初は恩に報いる為に自分から身体を差し出すことも考えたが、そればかりは断念せざるを得なかった。それは別に「こんな傷だらけの身体では逆に失礼にあたる」と言った自虐的な感傷からではなく、寧ろ自分の身体はあの人にとって十全に価値有るものであると言う確かな自負が有った。何故なら、初めて屋敷の玄関を潜ったその刹那、あの人の性癖には大凡の見当がついていたからである。


 屋敷の要所に置かれた調度品の中でも特に数の多かった大理石の彫刻は、そのいずれもがトルソー、或いは四肢の何れかを欠いたギリシア像のレプリカで揃えられていた。特に目を引いたのは片翼の他は四肢どころか頭部すら欠損した女神の象、其れが“サモトラケのニケ”と呼ばれるのを知ったのは後に書斎の蔵書で同じ写真を見付けた時なのだが、その原寸大のレプリカは中庭の中央に恭しく安置されていた。


 出会ったばかりのあの人を未だ信用しきれなかった自分はそれらの像と自身とを見比べ「コレも結局は倒錯した性癖の慰めに過ぎないのだろう」と落胆し、寧ろ落胆できる程度の心の機微が残っていた自身に驚いた。


 しかしそんな落胆を余所にしてあの人は一切の邪な劣情を見せず私を世話し、自分が時折見せるそんな心の機微の残滓をも丁寧に拾い集めてはその不足を埋めるように慈しんでくれた。恐らくそこには自分に見えていないだけで慈愛の他にも同情や劣情、またはもう少し後ろ暗い庇護欲のような物が有ったのかも知れない。しかし自分にとっては丁重に扱われている事実そのもの以外は然して重要ではなく、それどころか日を追うごとに「この行為にこの人の下心が含まれていれば良いのに」と此方が邪な思いを巡らせてしまう程であった。


 そこまでの思いが有って尚自身の身体を差し出すのに躊躇したのは、これだけ性癖を開けっ広げにしておきながら必要な時以外決して自分の身体に触れまいとするあの人の矜持を慮っていたからに他ならない。ある時は見世物にある時は慰み物にと弄ばれてきた自分を傷つけまいと言う意思の籠ったあの人の瞳を見ては、感謝の意にと自分の身体を差し出す行為それ自体があの人への侮辱になってしまうのではないかと恐れていたのだ。

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