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~1-8~
「手配師さんはお帰りになりましたか」
此方を振り返ることなく同居人が問いかける。先程と変わらない無感動な声にそろそろ別の不安感が湧き始めていた。
「あぁ、当分は外回りの仕事は無いそうだ」
遠回しに時間的な余裕が出来た事を仄めかしつつ機嫌の善し悪しを図らんとしてみたものの若干の態とらしさを勘付かれてしまったらしい。私の言葉に呼応するように振り返った彼の表情は厖大な嗜虐心に満ちた其れだった。
「それは良かった、それなら、当分は邪魔が入らずに沢山愛して戴けるという事ですね」
読み掛けの古書を其の儘に車椅子の操縦桿を巧みに操り私の直ぐ前に進み出てくる。先程の顛末を皮肉ろうとして発した言葉だったのだろうが、それ以上に直情的に己の欲求不満を訴えてきている事は瞭然だった。彼に目線を合わせるようにして車椅子の前に跪く。
「そうだな、お前の許可が得られるなら、先程の続きを始めたいと思うが、如何かな」
言うが早いか車椅子から身を投げ出し飛び付いて来る彼を確りと抱き留める。彼もまた上腕を私の首元から耳元、襟足に擦り付ける様に掻き抱く素振りを見せる。普段は自身の身体が負う瑕疵を憂う気配など噯にも出さない彼だが、この瞬間ばかりは自身の不幸を厭うて居るのが伝わり此方が切なくなってしまう。彼がそう出来ない分を補うように何時も私ばかりが優しく、強く、長く抱き締めてしまうのも、こればかりは致し方ない事である。
「あぁ、実は話しておくべき事が一つ」
仕事について関知させないとは言え転職する程度の事は話しておかなければと開き掛けた口を先程の続きで強引に塞がれた。互いの口内を一頻り堪能した所で徐に顔を離した彼が潤んだ瞳で私を見つめながら口を開く。
「お話は後でいい、今は」
再び掻き抱くように身を委ねながら耳元で囁く。
「・・・愛して」
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