もはや、意味の無い言葉
佐賀瀬 智
おめでとう
「こうちゃん、おめでとう。よくがんばったわね、お受験。ママうれしいわ。パパもお仕事先で喜んでいるわ。こうちゃん、これで大学受験までお受験ないから」
ママが目をうるうるさせていった。
「おめでとう」
「こうちゃんは偉いねえ、小さいのに。おめでとう」
近所の人、ママの友達、みんなからおめでとうと言われた。
桜の花が満開だった。
そして、名門と言われる小学校に幼稚園からエスカレーター式に入学した。
「おめでとう!」「おめでとう!」
桜が満開だ。
小学三年の時だった。その日の宿題は『将来の夢』という作文だった。僕はサッカー選手になりたいと書いた。それを見たママは、
「あら、サッカーなんてダメ、ダメ。あんなスポーツ。消しなさい」
そういって、ママが消しゴムを取り上げて『サッカー』の文字を消した。
「スポーツするなら、そうねえ、ラグビーならいいわ。ラグビーって書きなさい。ラグビーはね、パパの出張先の国では、お金持ちの、ちょっと裕福なおうちの子がやるスポーツなのよ。ラグビーにしなさい。ママがラガーシャツ買ってあげるから」
消しゴムで消したところにラグビーと無理やり書かされた。
僕の誕生日は4月。桜の季節。
「おめでとう。お誕生日おめでとう」
この作文を書いた、というか書かされたときから僕の誕生日プレゼントはいつもラグビーボールとラガーシャツがセットでおまけのようについてきた。ラグビーなんてやってもないし、興味もないのに。
エスカレーター式に中学校に入学。
「おめでとう」「おめでとう」
ママはこの日のために何十万円もかけて自分が着るためのスーツを買って、それを僕の入学式にウキウキして着た。高校もエスカレーター式に上がっていき、桜の季節になるとまた、「おめでとう」「おめでとう」といわれる。そしてまた、この入学式の日のためにママは有名ブランドのスーツを買った。前回、僕の中学の入学式の時に他のママ友の人よりスーツのブランドランクが下だったらしく、今回の僕の高校の入学式には何百万もかけてスーツを買った。
何がめでたいのだろう。意味がわからない。何をもってめでたいとみんな言うのだろう。ママの有名ブランドのスーツを買ったことがめでたいのだろうか。
僕は『おめでとう』の意味を調べた。
大体が、おめでたい時に言う挨拶の言葉とあったが、僕はめでたいのか? そもそも『めでたい』の意味がよくわからない。『祝福されるにあたいすること』と書いてあった。だとしたら、僕は祝福されているのか?何について?誰が?どう祝福するのか、されるのか?何がそんなにめでたいのだろう。
そして高校三年の冬、パパに「とりあえず受けろ」と言われた大学の入試を受けた。自分でもよくわからないが、テストの出来も良くなかったと思うのになぜか合格していて、そしてまた、あの言葉だ。
『おめでとう』
「こうちゃん、凄いわ。大学合格おめでとう。ママ、とても嬉しいわ」
桜の花が満開だ。
大学時代、こんな僕にも好意を持ってくれる女の子が現れた。僕はママに彼女を紹介したのだけれど、ママは初対面の僕の彼女に、両親は何をしているのかとか、どこの出身だとか、そのバックは、服はどこで買ったのか、どこのヘアーサロンに行っているのかとか、根掘り葉掘り聞いた。ほとんど警察の職務質問だ。そして、彼女が帰った後、ママは僕にいった。
「こうちゃん、あんな子、ダメよ。聞けば、あんまり良いご家庭じゃなさそうだし、どっちかというとブスだし、お洋服のセンスも品がないわね。ダメよ。あんな子。あなたが社会人になったらママがちゃんといい人見つけてあげますから。こうちゃんのお嫁さん、ねっ」
案の定、僕は彼女にふられた。そのことをママに言うと、
「なんて、あばずれ。信じられないわ。こうちゃんをふるなんて。だから、あんな貧乏な家の子はダメなのよ。大体、うちとはつりあわないのよ。こうちゃんにはもっといい人、ちゃんとした人じゃないとね。ほらね、だから言ったでしょ、あんな子はダメだって。ママの言うことは正しいのよ。わかった?こうちゃん」
と彼女のことを罵倒して僕を諭した。
そして、大学四年間がすぎ、大学を卒業。僕はこの春、社会人になる。
「おめでとう。おめでとう。あなたも社会人の仲間入りだわね。パパの会社の偉いさんにお願いして入れてもらったのよ。今どき、大企業の正社員。ママ、とてもうれしいわ。おめでとう。こうちゃん、パパの顔を潰さないようにがんばってね。とにかくおめでとう。ニュー社会人。ママがかっこいいブランドのスーツをお見立てあげるから。靴も一流ブランド品でそろえましょうね。それから、時計は……」
僕は、おめでとうと言われるに価するのだろうか。僕にはもう、『おめでとう』の意味がわからない。
ただ、桜の花が満開だった。
おわり
もはや、意味の無い言葉 佐賀瀬 智 @tomo-s
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます