瀕死のメンタルポイント
観月
瀕死のメンタルポイント
結婚式なんて「おめでとう」の大安売りだ。
シンデレラでも駆け下りてくるのか? ってくらい広い階段。天井からクリスタルのきらめきを投げかけるシャンデリア。
カメラの前でポージングをする新郎新婦の笑顔には一点の曇もない。
この日ばかりは、それが許されるんだよね。
普通はさ、いくら幸せだからって、もうちょっと遠慮するでしょ?
私達、幸せ! ってのをいくら見せつけても構わない日なんて、人生の中で、そうはないと思う。
そんなふうに思うなんて、私もけっこう僻んでるのかしらね?
三十歳目前ともなると、友人も一人二人と欠け始めているし。残ってる子たちも、どこかにいい物件が落っこちていないかと、出会い探しに精を出している。
まあ、私自身は結婚する気なんてサラサラないんだけどさ。
「二次会、行かないの?」
「うん。悪いわね」
欠席するって伝えてあったのに、残念そうな顔をされる。
二次会会場へと向かうバスの中には、知っている友人の顔がチラホラと見えて、私はそのバスの横を横目に、最寄りの駅へと向かった。
空を見上げると、ぼんやりとした星が、いくつか見える。
春の宵、桜は……もう散ったけどね。
ふと視線を戻したら、目の前に同じお式に出席していた友人の背中を見つけた。
新婦と仲の良かった子だ。
どうしてあの娘、二次会に行かないのかしら?
「ねえ」
いつもだったら、黙って通り過ぎるはずなのに、声をかけてしまった。
ピクリと背中が揺れて、こちらを振り返る。
「……ちょっとあんた……なんで泣いてるのよ」
滂沱の涙に、面倒な予感しかしない。
振り返ったのは、新婦と同じ、高校時代の同級生。アホ子だ。
いや、アホ子というのは本名ではない。当たり前だな。
私が勝手に心の中でそう呼んでいただけ。
ひどいあだ名だとは思うけど、別に嫌いだったわけじゃない。
私達の通っていた高校は、県下でもナンバーワンの進学校だった。
その進学校に入学しておきながら、最初の自己紹介でアホ子は言った。
「私、受験勉強をしてみて、勉強が嫌いだということに気が付きました。子どもの頃に夢だったコックさんを目指そうと思います。よろしくお願いします」って。
一年の四月でこんな自己紹介できるって、気合が入ってる。
私は親愛の情を込めて、心の中で彼女をアホ子と呼んでいた。
アホ子は宣言通り、三年間堂々最下位をキープして、調理師学校に進んだ。
そんな強者が、大きな目からボロボロと涙を流している。
「ちょと。とにかく、こっちに来なさいよ!」
こんなところに、二次会会場行きのバスでも通りかかったらどうすんのよ。
私は腕を引っ張って、近くの並木道の下にあるベンチへと向かった。
とにかく、私も落ち着かないとな。
ハンドバックを
うすぼやけた空の星に、ふーっと煙を吹きかけてやった。
ぐすっと、鼻をすする音が聞こえる。
「わたし……っ、実はですね。自分のメンタルのポイントが見えるんです……ぐすっ」
はあ? いきなり何を言い出す!
いやいや、こういう娘だったよ。
「あー、ポイントがね? なに、数字かなんかで見えるの?」
「いえ、あの、棒グラフが見えるんです」
あ、そ。
はあああ。
煙を吐きつつ大きく溜息をつかせていただこう。
「で? 別にそれで泣いているわけじゃないでしょう?」
「あの……今日、おめでとうって言うたびにグラフが減っていくんです……」
「ふーん」
「あの……」
「なに?」
「話してもいいでしょうか?」
「まあ、そのつもりで引っ張ってきたんだし? 話してスッキリするもんなら、話しちゃえば?」
「ありがとうございます。優しいんですね」
やめろ。サブイボが出る。
思わず首筋をボリボリと掻いてしまった。
そんな私に気づきもせずに、アホ子は話しだした。
当初の夢を実現し、とあるホテルの洋食部で働くことになったアホ子。
一生懸命働くが、調理師業界は男の世界であった。
きつい。体力的にかなりきつく、体調を崩すことも多かったという。その上、先輩の一人がストーカーに豹変。彼から逃れるために、着の身着のまま夜逃げ。新婦のアパートに転がり込んでいたんだそうな。
ドラマになりそうだな。
「その頃から私、グラフが見えるようになったんです。あの頃はどん底だったから、グラフは本当に小さくて、色はまっかっか」
「色付きなの?」
アホ子は少しより目になって空を見つめた。そのへんにグラフが見えているわけね。
「はい。危険水域になると赤です」
はいはい。
アホ子が言うには、新婦と一緒に暮らすうちにだんだんと色は黄色に変わり、それから緑になったのだという。もちろんグラフもどんどん伸びたのだそうだ。
「なのに、なのに、そんなに良くしてもらったのに……私、おめでとうって言うたびにピコン!って音を立てて、グラフが小さくなっていくんですぅぅぅぅ!!!」
号泣。
「こんな私が嫌なんです。心からお祝いしたいのに、これから私、どうなるんだろうとか、私が不幸のどん底なのに、結婚して幸せになるのがうらやましいとか、そんなこと思っちゃう自分なんて、きっと幸せになんかなれないんだ、とか、考えちゃうんです!」
ううーん。それってけっこう普通の感情だとおもうけどなあ。
「あのさあ」
「はい」
泣きながらティッシュで鼻をかむアホ子。
「あんたは、友だちの結婚を祝ってあげたい。この気持ちはあるわけじゃない? なければ、そんなふうに泣かないじゃん? でも今、自分が不幸だから、心から祝えない。その二つをごっちゃにすることはないんじゃないかなあ?」
「?」
ああ、このキョトン? って顔は、わかってないね。
「あんたが幸せになれば、自然と心から他の人の幸せも祝えるようになると思うよ。世の中ね、もっとひどいやつはいっぱいいるよ。私だって、今日の結婚式なんて、疲れるばっかりで、やってらんないわくらいに思ってたし」
「え!」
ほら、あんたはそんな事、考えもしないんでしょう?
「ねえ、あんたあの娘のアパートに一緒に住んでたんでしょう?」
「はい」
「あの子、結婚しちゃったじゃない? どうするの?」
アホ子はとたんにまた、泣きそうな顔になる。
「落ち着くまで、居ていいんだよ……って言ってくれて……でも、そんな事できるわけないじゃないですか……」
「じゃあさ、私んち、来る?」
「ええっ!」
「私、カレシとか、いないし。結婚する気も全くないし。あんた、料理得意なんでしょ?」
「ええっ!」
「私と暮らしたらさ、心が元気になりそう?」
空白。
空白。
空白。
空白がなげえよ! アホ子。アタシと暮らしても、棒グラフ、伸びねえってか!
「あの……」
私がしびれを切らした頃、ようやくアホ子は口を開いた。
「ブラフが……黄色になりました」
……。
ま、あんたとだったら、そこそこうまくやってけそうな気がするわ。
「そ、じゃ、彼奴等が新婚旅行から帰ってきた時、心からおめでとうが言えるといいわね」
そう言ってやると、アホ子はようやく、泣き出す寸前みたいなクシャリとした笑顔になった。
瀕死のメンタルポイント 観月 @miduki-hotaru
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