おめでとうを小瓶につめて

立野歌風

おめでとうを小瓶につめて


「退院おめでとうございます」

看護士達に送り出されて一人帰路につく

職場で倒れて一月程入院し

入院代は娘が払ったと言う………

なぜ……なぜ娘は私を見つけたのだろう

一人歩く3月の道は名残の寒さの中に春を隠し持っている

もうすぐ桜が咲く

ちょうど28年前の今日 娘が生まれた

そうだ ケーキを買って帰らなければ

退院が遅れなくて良かった ずっと続けている儀式が途絶えなくて良かった


     ※       ※      ※


「28歳おめでとう」

メモに書いて買って来た小さなケーキと並べる


「8歳おめでとう」

「9歳おめでとう」

「10歳おめでとう」

「11歳おめでとう」

「12歳おめでとう」

「小学校卒業おめでとう」

「中学入学おめでとう」

「13歳おめでとう」

「14歳おめでとう」

「15歳おめでとう」

「中学卒業おめでとう」

「高校合格おめでとう」

「16歳おめでとう」

 〜  〜  〜

「27歳おめでとう」

一度だけ気付かれない様に様子を見に行った 

高校の制服姿の娘を確認した

その先はわからない 大学にすすんだのか どんな仕事についたのか

わからないから 

今では娘への「おめでとう」は誕生日だけになってしまった

そしてわたしは

幾つもの娘への「おめでとう」を小瓶に詰めて生きて来た

直接伝える事の無い言葉は小瓶という行き場に

ぎゅうぎゅうと収まっている


20年前妻子を置いて家を出た

妻子は私を恨んでいると思う

その証拠に娘は 入院費を払いはしても顔一つ私に見せはしなかった

入院費は手切れ金のようなものなのだろう


一人で小さなケーキを食べて「28歳おめでとう」のメモを瓶に詰める……

瓶のフタを開けて……私は……

白いメモ用紙に埋もれた桜色のメモ用紙を見つけた



    ※      ※    ※



看護士をしている幼なじみから電話がかかって来た

行方不明の父と同姓同名の患者さんが入院していると言う

母には告げず 私は一人で確かめに行った

父だった

20年間 音沙汰の無い父だった

ときおり現金書留に何万円かの現金だけが届くものの 

送り主の住所はいつも架空だった

母は生きていてくれれば良いからと言った

あの人は弱い人だからとも言った

幼なじみに頼んで父の会社を聞き出し

会社の人に父の住所を教えてもらい

急な入院で着替えなどが必要だと言って管理人に鍵を開けてもらった

きっと女と暮らしている ずっとそう思っていた

殺風景な部屋には 男の一人暮らしの気配しかなかった

そんな部屋の真ん中に

白い紙が詰まった瓶が一つ置いてあった



  ※      ※      ※


「8歳おめでとう  ありがとう お父さん」

「9歳おめでとう  ありがとう お父さん」

「10歳おめでとう ありがとう お父さん」

「11歳おめでとう ありがとう お父さん」

「12歳おめでとう ありがとう お父さん」

「小学校卒業おめでとう ありがとう お父さん」

「中学入学おめでとう ありがとう お父さん」

「13歳おめでとう  ありがとう お父さん」

「14歳おめでとう ありがとう お父さん」

「15歳おめでとう ありがとう お父さん」

「中学卒業おめでとう ありがとう お父さん」

「高校合格おめでとう ありがとう お父さん」

「16歳おめでとう ありがとう お父さん」

 〜  〜  〜

「27歳おめでとう ありがとう お父さん」


すべてのメモに「ありがとう お父さん」と返事が書いてあった

そして

「お父さんの孫が もうすぐ生まれます 孫へのおめでとうは

直接お願いします」

桜色のメモ用紙に娘の言葉と住所が書いてあった

わたしの小瓶の中に一輪の桜が咲いたかのようだった

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おめでとうを小瓶につめて 立野歌風 @utakaze

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