一場春夢の昼下がり

 ある島国にある一地方都市、そこに一点の墨を落としたような一軒家、その一室にて。




 映画、面白かったですね。流石話題作、って感じでした。


 うん……何だか、ハラハラしたり泣きそうになったり……疲れちゃったね。お昼過ぎちゃったし、ご飯にする? 簡単なものなら作れるよ。ダイニングに行こう?


 えっ、良いんですか? でも待っているのも悪いし、俺も手伝いますよ。


 良いから良いから。男は食卓で待っている事。台所に入っちゃいけません。


 随分と封建的ですね……時代は違います、俺もやりますから――。




 はーい、出来たよ。


 結局座ったままだった……って、凄いですねこれ! 簡単なレベルを超えていませんか?


 ネットでレシピがあってね、好きかなぁって思ったの。……でも、ちょっと多かったかな……ごめん、食べられそう?


 何を言っているんですか! 完食出来るに決まっています! あの、早速食べても良いですか?


 はい、召し上がれ。あぁ、ポトフの具なんだけど、嫌いなものとかある? ペコロス、人参、ジャガイモにベーコンが入っているけど。


 ペコ……? すいません、何でしょう?


 ペコロス。ちっちゃい玉葱だよ。可愛いから入れてみたの。


 玉葱なら好きです、入れて下さい!


 はいはい。……どうかな、不味くない……かな。


 …………。


 あの、黙っていたら怖いんだけど……。


 俺、感動して泣きそうです。何か、現実感が無くて……怖いです。


 えっ? まだ映画を引き摺っている感じ?


 違います違います。……何て言うのかな。漫画みたいだなぁって。彼女の手作りした料理を、彼女の家で食べるってのが……。


 そ、そう……? それより、味はどうなのさ。


 最高です。毎日食べたいです。


 まっ、まい……にち……本当?


 はい、本当ですよ。


 ……ふぅーん、そう。ま、まぁ……考えておくね。お代わり、要る?


 お願いします! 幾らでも食べられそうです!


 食べ過ぎでお腹痛くなっても知らないよ――。




 うぅ……流石に食べ過ぎました。眠気が襲って来ます……。


 困った彼氏さんだなぁ、本当に……。ベッドで横になって良いよ。


 すいません…………おぉ。


 ちょ、ちょっと! 枕の匂い嗅がないでよ……!


 つい……すいません。でも、前から思っていたんですけど……あの、凄く良い匂いしますよね。


 止めてよ、もう! 汗っ掻きなんだよ、私……。そんな事無いよ。汗臭いでしょ……。


 全然汗臭いなんて思いませんよ? むしろ凄く――。


 はい、おしまい! 匂いの話は駄目だから! もう……って、何でスマホ出しているの!


 いやぁ、顔が真っ赤で可愛いなぁって。まだ数枚しか写真持っていないので。


 没収だから、没収! 貸しなさい!


 年下に優しくして下さいよ、一枚だけですから。


 甘やかしたら駄目だもん――きゃっ……ご、ごめん……。


 …………っ! だ、大丈夫です……。


 …………すぐにどくから……って、あ、あのぉ……何で腕を背中に……?


 い、嫌ですか……。


 嫌じゃ…………ない……けど。


 初めて、誰かと抱き合いました……。


 言葉にしないで……恥ずかしくて死にそうだから……。


 ……温かいですね。それに……髪から凄く良い匂いが……。


 …………お返し。そっちこそ、汗の臭いがする。


 す、すいません! ちょっと緊張して――。


 ううん。好き。この匂い。


 無茶苦茶恥ずかしいですね……匂いの事言われるの。


 そうだよ、しっかり反省しなさい。その間……ずーっと、嗅いでいるから。


 ……じゃあ、俺も。


 ……反省していないね。


 このまま……少し眠りませんか? 起きたら、もう一本だけ映画を見て……。


 うん……そして、駅まで見送って……。


 ……はぁ。帰りたくないですね……。


 …………私だって、帰って欲しくない。


 ……学校が始まったら……こうやって会えなくなるんでしょうか……。


 ……分からない、でも……もう寂しくないよ。だって……私達……付き合っているから……。


 …………ですね……。


 ……眠い?


 …………はい。


 ……ねぇ、寝る前に……呼び捨てして。名前。敬語も無しで。


 …………お休み、梨子。


 …………エヘヘ。お休みなさい、龍一郎。

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