第10話:私ハ変ワル

「うん……何で家においでって言ったんだろう……幽霊か何かに取り憑かれていたみたい」


『アハハハハ! ちょ、ちょっと笑わせないでって……! 別に梨子は取り憑かれていないと思うよ?』


「……でも、私らしくないなぁって……」


って何さ?』


「そのぉ……いや、私なら誘わないかな……昔の私なら」


『今の左山梨子さんは?』


「…………とにかく、誘ってくれたのにごめんね」


『良いって良いって! その代わり、教えてね。おじさんとおばさん、いないんでしょ?』


「ど、何処までって……! 何処にも行かないから! 部屋に来て貰って、映画とか見て、賀留多でも打って……後は、後は……」


『ベッドは綺麗にしておきなよ』


「っ、いっつも綺麗だから! というかベッドは関係ありません!」




 まだ一二文差……いや――「もう一二文差」だろうか。


 脇に置かれたメモ用紙を見やったトセは、相も変わらず表情を曇らせたままの目代を一瞥した。




  梅に鶯 梅のカス 桜のカス 菖蒲に八橋

  牡丹に蝶 芒に月 芒のカス 紅葉に鹿




 場札は以上のようになっている。手番は目代からである。第一手に《芒のカス》を光札に合わせた目代は、軽やかに引き起こした《紅葉のカス》を鹿の札に重ね、一挙に《月見酒》《三光》《猪鹿蝶》の橋頭堡を造り上げた形となった。


 対するトセは……一手目にしては賑わいの足りない場に眉をひそめながらも、今後の「プラン」を練り始めた。




 弥生戦。闘技の四分の一だ。


 先輩の一手目……《月見酒》は勿論の事、《三光》《猪鹿蝶》も警戒しなくちゃならない。場札には《桜のカス》、けれど私の手に桜札は無い。精々が《松に短冊》《牡丹に短冊》《菊に短冊》……気楽にはなれないな。


 この局は短期決戦に持ち込んだ方が良いのかもしれない。でも――私の戦い方じゃない。もっともっと……高得点の役を作りたい。


 だけど――悔しいけど、凄く嫌だけど……先輩に負けると思う。


 変えて良いの? 私は、私のスタイルを変えて良いの?


 それ程までに……この闘技はなの?


 自分を変えてまでの勝利に――価値はあるの?




 その時、目代はふと目線を上げてトセの方を見やった。二歳下の後輩に……何らかの思考革命が起きたらしかった。




 目代小百合は強者である。幼い頃から賀留多に親しみ、特に《八八花》には並々ならぬ情熱を注いで来た。地元の「ちびっ子花札大会」に参加し、年上の子供達を蹴散らして優勝した事もある。高校生になってからは――を除いて――多くの依頼者に応え、鍛え上げた実力を遺憾なく発揮した。


 賀留多の腕を磨くにつれ……最近、目代は一つの到達点に手を掛けた。


 実戦に勝る練習無し。


 無論……この考えとは逆を行く生徒も大勢いた。練習は練習、実戦は実戦とハッキリ区別し、境界を行き来してそれなりの打ち手に育った例は多々ある。


 しかし、しかしながら――目代は「実戦」の孕む様々な性質を認めている。


 相当の実力を持つ目代ですら、日に何度かは《こいこい》を打つ。打たなければ五体に流れる「力」が淀む気がした。学校があれば《姫天狗友の会》メンバーか、あるいは斗路、もしくは自分と打ちたいと願ってくる奇特な者を相手に出来る。休日はインターネットで画面上の敵と座布団を囲んだが……。


 インターネットでの練習を含め、勝率はが精一杯だった。


 目代は闘技中、札だけでは無く相手の「視線」「呼吸のリズム」「口元」「座り方」「発言」、更には観客の「響めき」や場の「空気」を自身の中へ取り込み、有用な情報を取捨選択し、その後の闘技へ役立てていく。インターネットにはこれらの要素が一切無い。更には――。


 で無い限り、有用な情報は殆ど現れなかった。


 少なからず実戦の場合、何かしら「賭けるもの」が存在する。それは例えば依頼者の未来であったり、張り込んだ多額の花石だったりする。




 目代ちゃん、良い事教えてあげるわね。人間が一番努力する時はね、勝ったらご褒美がある時じゃないの。負けたら「痛み」がある時……なのよ。




 目代が一年生の頃、彼女を大層可愛がってくれた三年生の言葉だった。その三年生は《姫天狗友の会》にたった一人で所属しており、目代と遊びで打つ時も、必ず「痛み」を用意した。ジュース一本の時もあれば、恥ずかしいコスプレをするというが走るものもあった。


 結果……目代は実戦に触れる機会が他人よりも多くなり、また「練習方法」も彼女の体質に合っていた事もあり――敬愛する三年生が卒業する頃には、晴れて《鬼百合》の名を轟かせていたのだった。


「勝負です。《タネ》は一文」


 フゥ、と小さく溜息を吐いたトセは、弥生戦を――たったのだけで終わらせた。トセの徹底的なは、目代の立ち回りを酷く鈍らせていた。


「一三文差、ですか」


 文数差を読み上げるトセの声色は、何処と無く暗かった。「本来なら――もっと引き離しているのに」とでも言いたげだった。


 高額な出来役、それによる急襲こそ我が天道――発言はせずとも打ち筋で語って来たトセの変化に、既に目代は気付いている。


「次は四局目かぁ……」


 一人呟くトセは、紛れも無い敵であった。自身を誹り、死神と呼んだ憎たらしい後輩であった。


 それでも、それでもなお――目代はトセの変化を嘆いた。


「…………一重さん」


「はい?」


 トセの目を見つめず、目代は俯いたまま言った。


「変えちゃいけない。貴女の、を……変えてはいけない」


 何を言っているんだこの女は……トセの顔にそう書かれていた。


「忠告ありがとうございます。でも……先輩には関係の無い事ですよ? 先輩こそ、喋ったらツキが落ちるってルール、変えない方が――」


「もう良いの」


 震えた声で目代が続けた。


「もう、ツキは落ちているの――それより……一重さんは戦い方を変える、それで良いんだよね」


「はぁ……私の事ですからね、変えたい時に変えます」


 だったら、ごめんなさい――ゆっくりと顔を上げる目代。その目元には……黒々とした隈が生じていた。


「この闘技、私の勝利で終わるでしょう」


「っ、何を馬鹿な――」


 かぶりを振った目代。癖毛が頼り無く揺れた。


「貴女の打ち筋は高得点を重ねて、ウンとリードを広げていくものだったはず。その豪快な打ち方が私は好きだった、誰に対しても明るくて、いつも皆を楽しませてくれる……明るい一重さんにピッタリだったのに」


は止めて貰えますか? あのですね、私は一人の人間ですよ? いつまでも同じ頭じゃないし、打ち筋だって経験が変える事もあります。変わっていくんです、。もう嫌なんです、先輩の言うような『明るく元気なおトセちゃん』は嫌なんですよ!」


 段々とトセの声調は荒くなり、それに伴い……彼女の肩は痛々しい程に震えていた。


「明るくて元気で、誰かを笑わせていれば幸せになれるんですか? なれませんよね!? だから私は変わるんです、『強く逞しい一重トセ』に変わって、今後を生き抜いて行くんです。その邪魔をしようとしても……無駄ですよ、目代先輩」


 散らばった札を掻き集めたトセは、そのまま目代の方に送り込んで笑った。


「卯月戦が待っています。どちらが正しいか――賀留多に訊くんですよね?」


 丁寧な所作で札を切り混ぜる目代は、鬱々とした声で呟いた。


「そうだね」


 付け焼き刃――俄に目代の脳裏へ浮かんだ言葉である。

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