第2話:解決近からず、されど……
賀留多の使用を黙認されている希有な学び舎、花ヶ岡高校には種々の技法が、数多の先人達の努力により……一冊の本として結晶化に至った。
名物となっている巨大な購買部、その書籍コーナー最奥に鎮座する『花ヶ岡賀留多技法網羅集』がそれである。
この稀本は現金での購入は出来ず、校内通貨である《花石》でのみ、我が物とする事が出来た。
その代金、実に二四〇個。
月に一度支給される花石に手を付けず、一年が経った頃にようやく手に入る代物であった。
この川柳は稀本の帯に大きく書かれており、また実際に一年花石を使わず、網羅集を求める生徒も時折見受けられた。
現在でこそ、金花会は誰しもが参加出来る「約盆」として、生徒会会計部が取り仕切っているが、かつての花ヶ岡では《
特定の生徒に成る方法、それが「網羅集の獲得」であったのだ。
正確には本を開き、その中にある「遊び紙」の部分を切り取り、金花会の筆頭目付役に提示する。
これは《打手御免状》と呼ばれ、この免状が無ければ「お呼びでは無い」と、打ち場から退場させられてしまう。免状制度はごく最近まで続いていたが、「余りに時代錯誤では」との不満が噴出、更には免状を賭けた違法な《札問い》が散見され、果たして免状は役目を終えたのである。
しかし、梨子の所有する網羅集の遊び紙には、やはり《打手御免状》の印が押されている。
「手に入れた、という達成感が欲しい」――そう訴える一部の生徒の意見が、厳めしい印が辛うじて生き残る未来を拓いたのだった。今では御免状が役に立つ事は無い、あるとすれば「自分は花ヶ岡の生徒だ」と、ヒッソリと自尊心を満たすぐらいであろうか。
「うぅん……と、あった……付箋貼っておけば良かった」
分厚いページを捲りに捲り、梨子は「一人打ち」の章を開くと、更に捲り続け、ようやく《お七櫓》の解説へと到着した。
この技法は誰かと取り札を争ったり、出来役の文数を競うものでは無い。一人で打ち、その結果を一人で楽しむ……ソリティア式のものだった。
また、《お七櫓》のように、結果を基にして何かしらの未来予報を行う事を目的とした技法もあり、これらは別名「占術技法」と呼ばれていた。
青春を駆け抜ける少女達の園、花ヶ岡ではごく普通に占術技法が打たれているが、その中でも《お七櫓》は良く当たると、人気の高い技法であった。
根拠の無い机上の統計を、しかし年頃の青少年は一種の信仰とも言える確信を以て、多様な占術を受け入れる。
「上札を縦に……並べて、と……」
梨子は各月の最高位札――上札を一枚一枚、愛おしむように並べていく。何度かこの技法を行っているものの、まだ札撒きの手付きが覚束無い梨子であった。
《お七櫓》の根幹は、唯の闘技では無く……「占い」であるという点が、賀留多に慣れたはずの少女の手付きを鈍らせる。
「そして……自分と『火の手』の山札を用意して、裏向きにして……」
出来た――梨子はフゥ、と小さく息を吐いてから、網羅集の記載に従い、「占いたい事柄」を札に込め……占術を開始した。
「……やった!」
俄に梨子の表情が明るくなる。勝利条件――要するに「吉兆」を打ち手に授ける《芒に月》の位置が明らかとなったからだ。
「櫓」に見立てた一二枚の裏向きの上札から、仮想敵である「火の手」よりも早く《芒に月》を探し出し、到達すれば勝利である。
暇潰しに網羅集を読み耽り、《お七櫓》のページを見付けたのは五日前、「一日に一回やってみよう」と決めたのが四日前――そして今日、初めて「坊主札」が姿を見せた。
「……三つ、三つ動けば……」
コクリ、と生唾を飲み込む梨子。自分の山札を起こす手も、微かに震えていた。
だが……起きた札は《梅のカス》だった。欲しいのは《桜のカス》であった。どれ程に札が悪くとも、手番を回さないのは法度である。次は仮想敵――「火の手」の番だった。
「……うぅ」
梨子は嫌々ながら、敵の山札を起こす。
そして――梨子を嘲笑うかのように、「火の手」が《芒に月》を追い越し……。
「あっ……あぁ……」
この日も、抱く悩みは解決から遠ざかったのである。
散らばった札を力無く集める梨子。時折、柔らかい手の平に札の角がチクリと突き刺さる。
今日も「解決」しないんだ……。
溜息を二度、三度と間を開けて吐いた梨子の傍で、窓から吹き込んだ風が網羅集のページを勝手に捲った。開かれた部分を一瞥し――だが梨子は視線をそのまま据えていた。
偶然、読み飛ばしていた記述があった。
『占術技法を行う場合、購買部にて《
梨子はこの短文を幾度も読み返し……同時に購買部の賀留多コーナーを思い出す。隅から隅まで、彼女はそのような札があったかどうか、記憶を掘り返すが……。
「こんな札、あったっけ……」
果たして梨子は小首を傾げた。
全国に存在した《賀留多》を可能な限り復刻し、販売するという誉れ高き花ヶ岡高校購買部に、どうやら《望小花》も置かれているらしい。
記憶が無い。販売を取り止めてしまったのか、それとも製造元が――。
「――っ、そうだ!」
曇りがちだった梨子の顔に、一筋の光明が差す。
「靖江天狗堂に行けば良いんだ!」
善は急げ――古来の格言を実践するべく、梨子は急いて着替えを始めた。
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