エラバレシ者

城崎

目を覚ました

「おめでとう。君は僕に選ばれたんだ」

見知らぬ部屋で目覚めた。目の前には、見たことのない人間がいる。その人間は、まるで赤子でも見るかのような視線でこちらを見ながらそんなことを言った。なにを言っているんですか。そう言おうと思った唇に、目の前の人間がそっと指を添える。ひどく冷たい指に、ひっと、呼吸が溢れた。人間はそんな私を見て、怯えないでと笑う。この状況で、どうして怯えないでいられるんだろうか。今すぐにでも逃げ出したいのに、足が震えて動かせない。助けて、なんなのここは、意味が分からない。口から言葉が思うように出て行かず、ただ人の言葉を耳へと受け入れる。

「その力強くて冷たい視線を見て、一目で君だと思ったんだ。僕は、君のような人間を探していた」

その目はキラキラと輝いており、まるで将来の夢を語る少年のように見えた。しかしその実態は得体のしれない成人を超えているだろう男性であり、自分は一体どうなってしまうのだろう、どうされてしまうのだろうと、嫌な考えがひっきりなしに脳内を行き来する。

「とりあえず、君が疑問に思っているだろうことに答えていこうかな。ここは僕の部屋。あぁ、僕は野中朔夜。一般的な会社員をしている。性別は見ての通り男性で、趣味は特にない」

ここまではいいかな? と朔夜は問いかけた。そんなことを言われてもと、肯定も否定もしかねた彼女の様子を察しないまま、彼は続ける。

「君を見つけた僕は、なんとしてでも君を手に入れたいと思って、君が家で寝ている隙にこの部屋へと連れて来たんだ」

寝ている隙にという言葉に、そう言えば最後に見た景色は自らの部屋の天井であることを思い出した。彼に部屋に侵入されておきながら、ここへと連れ去られておきながら、1度も目を覚ますことのなかった自らの深い眠りが怖くなってしまった。外に出たのならば、寒さで起きたっていいはずじゃないかと自らに問いかけても、その時間はもうとっくに過ぎ去っている。意味のない問答だ。

「君を招くからと、久しぶりに部屋を片付けたよ」

そう言って朔夜は、片付けたという自らの部屋を見回した。物も色数も少ない、生活感の薄い部屋。その中に置かれている、真新しいベッド。

彼女はそんなことには目もくれず、ただ目の前の彼を見て、どうすれば現状から抜け出せるのだろうかと思案する。隙を見てとは思うけれど、軽そうな口調で話すチャラついてそうな彼はしかし、こちらへ隙を見せてはくれないように思えた。逃す気はないと、その空気が語っている。

「大丈夫、なにもしないから。うん、本当に。いや、すでに世間では事件として扱われているだろうけど、ここから先はなにもしない」

言いつつ、彼は彼女へと抱きついた。

「僕のそばに、いて欲しいんだ」

その行動で、今この瞬間にその先を超えてしまったと彼女は主張したかったけれど、未だ声の出ていかない唇からは、ただため息のような淡い呼吸音が聞こえただけだった。

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エラバレシ者 城崎 @kaito8

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