『噴鬼』中

「私が安田ヒロシです私が安田ヒロシです私が安田ヒロシです私が安田ヒロシです私が安田ヒロシです私が安田ヒロシです私が安田ヒロシです私が安田ヒロシです」


「違う。やつは日本人だ。黒目に黒髪の長髪、それを束ねている。お前ではない」


 時間稼ぎ、失敗。


 取り急ぎそこらの上客へスティンガーズをぶち込み、洗脳してみたが、あのロボット、存外に賢く、手際も良かった。


「次。奥の席、降りてこい」


 バスの窓枠いっぱいになりそうな銃の先端を突き付けられて、腑抜けた乗客たちは次々従い、降りて、ロボットを挟んでバスとは反対側の砂漠に、横一列に並んでいく。


 まるで家畜、一瞬で屠畜できそうな無防備さ、あの列に加わって助かれるとは思えない。


 どうする?


 バスでの逃亡は、あの銃を見れば無理だろう。


 偽物作戦は今失敗した。


 なら戦うしかないが、正直スティンガーズは無生物に弱い。食えないし乗っ取れないし、かといって物理的な攻撃力も優れているわけでもない。


 それに今日は休日、戦いたくない。


 と、急に袖を引っ張られた。


 見ればキリキちゃん、の膝の上にいたクソ弟が、俺の袖を掴んで不安げに見上げていた。


「今は、従うしかないでしょう」


 そう言うキリキちゃん、落ち着いた雰囲気は流石のお姉さんだ。


 しかし、俺に命令したのは大きな、実に大きなマイナスだ。致命的と言ってもいい。これは後でみっちりと調教しなくてはならない。


 いら立ちを噛みしめてるとバスが大きく揺れた。


 振り向けば巨大な銃口、それでバスを小突いたのは見るまでもない。


「お前たちで最後だ。早く降りてこい」


 命じられる。


 気に入らない。


 こいつは絶対にスクラップにしてやる。


 心に決め、しぶしぶ従い、キリキと弟の後ろの続いてバスを降りた。


 瞬間に、ぬ、と影を差したのはあの銃口、降りて見れば銃身が二つ並んで、握るは右の真ん中の腕、狙うは俺の頭、手を伸ばせば届く距離に、俺の頭なんか余裕で入りそうな大穴が並んで二つ、突き付けられていた。


「見つけたぞ安田ヒロシ、我の名は『噴鬼』主の命により、この場でお命、ちょうだいする」


 けっこうなお名前、けっこうな言い分だ。


「悪いが、殺されるほど恨まれる覚えはないんだが」


 自分で言っといて嘘だとわかる。


 あれだけターゲットを狩ってきた。カンパニーとも喧嘩した。何よりでかいハーレムを持っている。


 復讐、憤怒、何より嫉妬、殺すほどでもないとは思うが、巨大ロボットにプロファイリングは当てはまらないだろう。


「抜かせ貴様。主の命なくとも貴様はどの道殺す。絶対に殺す。それほどまでに貴様は、生きていてはならぬ存在、この世にあだ名す不倶戴天の大災害よ。わずかにも人の情が残るならこの場で自害せい。さもなくばせめてもの情け、誇らしく戦場で散らせてやろう。いざ尋常に勝負だ」


 何がいざ尋常に、だ。勝手にバス止めといて、正義を語るとは笑わせる。


「まずはその二人から離れろ。そしてバスにも危害の及ばぬ地にて一騎打ちだ。何、見ての通り場所には困らん。貴様の躯も、残っていれば望む場所に弔ってやろう」


 そう言われると、逆らいたくなるのが人情だ。


 ずい、と両手を伸ばし、離れようとしてた二人、キリキとその弟の首根っこを掴んで引き寄せ、抱きかかえる。


「貴様! この期に及んで人質とは! 卑怯なり!」


 取り乱すロボット、噴鬼だったか? 高性能らしくいっちょ前にに人の心っぽいのがあるのは良いことだが、人質だの卑怯だのいざ尋常に勝負だの、人の心の弱いところばかり出ている。こいつは欠陥品だ。


「放せといってるのが聞こえないのかこの卑怯者! 女子供の影に隠れて怯えるが貴様の本性か!」


「チッ、うるせーな」


 小声でつぶやいたつもりだったが、この距離でも噴鬼の耳と言うかマイクに届いたらしい。


 そして怒りを演出する銃の震え、作ったやつは拘りすぎだろう。


「落ち着けよ噴鬼さんよ。最後の願いを聞いてくれたら望み通り戦ってやるよ」


「願い?」


「正確には時間かな。もう少し猶予をくれ」


「まさか後百年、などと頓智とんちは言うまいな」


「そんなかかんねぇよ。もうすぐだ。もう、すぐのはずだ」


「恥知らずな悪あがきを、助けは来ぬぞ」


「あへえええええええええええええええええ!」


「あへえええええええええええええええええ!」


「あへえええええええええええええええええ!」


 やっとだ。


 奇声を上げ、横一列を乱すのは三人、痴漢騒動の加害者と、痴漢騒動の被害者と、さっき失敗した偽物だ。


 それぞれ震え、叫び、肌を掻きむしって肉を出し、その肉より、ホワイトスティンガーズが弾け出た。


 モード=カミカゼ、名の通り無制限のスティンガーを撃ち込み、体内で増殖、最後は破裂する自爆モードだ。今回は洗脳とのコンボで弾けさせたが、この暑さのせいか、それとも餌が悪かったのが、存外に時間がかかった。


 だがお陰で、噴鬼の視線がずれた。


 産まれた隙、これが狙い。待っていたもの、俺の動きは素早かった。


 ◇


 よくある漫画的危機脱出方法に、付きつけられた拳銃の銃口に指を突っ込むのがある。


 それで暴発するぞと脅すのだが、実際に引き金を引かれると銃弾と火薬燃焼によって生じる高熱のガスにより指なんか簡単に吹き飛んで風穴が少し増えるだけなのだそうだ。


 だけども指ではなくもっとしっかりとしたもので銃口を塞いだ場合、銃弾と高熱のガスの圧力により銃の弱い部分、大抵は薬莢の装填ギミックから破裂するらしい。


 それを応用すれば、石を詰め込んで大砲を破裂させることも可能だと、物の本には書かれていた。


 だから、今回この大口径に、俺は人を詰めた。


 モード=プシーキャット、こいつはモード=ソルティードッグとついとなるこいつは、脳ではなく体へアクセスする。ダイレクトに神経系統を操り、脳からの指令を遮断し、筋肉の限界を超え、関節の可動範囲を無視して、ただ苦痛はそのままに、体を自在に操る。


 元から痩せてた体をより絞って、筋肉で圧縮して、細長いソーセージにして、二つ折りに、ホチキスの針の要領でその頭と足とを並んだ銃口へ、それそれ突っ込み、押し込んだ。


 刹那に引き金が絞られる音、まだある一瞬に、さらにスティンガーを展開する。


 モード=ニコラシカ、防御特化で身を守るモード、本能に任せて体の前面へ全力展開、だが万全には届かず、爆発の衝撃に、悔しいが一瞬意識を飛ばされた。


 ぐらつく視界、焦げ臭い熱風、耳障りな金属音、衝撃で揺れる砂地、ねらった以上の結果が目の前にあった。


「ぐぉおおおおおおお!!!」


 痛みがあるのか絶叫し、一歩引く噴鬼、その右の真ん中の腕の手から、長くて太い銃身がぼとりぼとりと弾けて折れて落ちた。


 手に残るは煙を燻らせたグリップの残骸、残らなかったのは人差し指と親指だ。


 計算通りに計算以上の成果、ただ一つの失敗は、弟じゃなくて姉を使ってしまったことだ。


 キリキ、木っ端微塵、煙とこげ肉と悪臭とハンバーグの匂いを残して消えやがった。


 咄嗟なこととだったとはいえ、勿体ない。


 これでこの休日手に入れた二つの内一つが無駄になった。そして弟というゴミが一つ残り、差し引きで言えばまだゼロだが、プラスに転じる要素がない。


 いら立ちといら立ちを重ね、いらだたせた二つへ怒りをぶつける。


 棒立ちの弟を掴み、全力で、噴鬼の顔面へと投げつける。


「この、この外道が!」


 噴鬼の怒りのこもった怒声、しかしとった行動は、まだ無事の左の真ん中の手より銃を捨て、空いた手で弟をキャッチしたことだった。


 腑抜け、精神の未熟さ、いわゆる殺せません系主人公のような不快さ、それでも身を隠さねばならないのは、屈辱の極みだった。


「どこに逃げた安田ヒロシ!」


 怒鳴り、無茶苦茶に銃を振り回してるのが振動だけでもわかる。


 流石にあれほど饒舌なロボットでも砂に紛れる発想はなかったらしい。


 モード=サラトガ、本来は地中を潜るように鍛錬してたモードだが、現状のスティンガーの能力では本体は潜れても俺は付いて行けず、断念した。代わりにスティンガーズを編んだ表面に土を張り付けて擬態化するという姑息なものが完成してしまった。


 逃げ隠れは好まない。


 それでも、はまれば強いし、消耗もそんなに多くはなく、一方的な蹂躙に用いれば楽しい部類ではある。


 熱砂の中の砂漠ではスティンガーが弱りやすいだろうが、とりあえず今はそんなこと言ってもいられない。


「卑怯者! 女子供を犠牲に! そんなに逃げ延びたいのか!」


 言わせておけばいい。


 ゆっくりと、慎重に、目立たぬよう、這いつくばて、移動する。


 ドシンドシンというのは地団駄の音、踏みつぶされたらぺしゃんこだが、慌てて跳び出ては相手の思うつぼだ。


 忍耐、一番嫌いな耐え忍ぶを実行し、目的地へ、じりりじりりと進んでいく。


「良かろう! こちらも修羅に落ちよう! もはや手は選ばぬぞ!」


 そう言い残し、砂地が揺れる。


 風、感じ、音、どうやら飛び立ったらしい。


 あっけない最後、逃げるとは、やはり機械は頭が悪いらしい。


 そもそも最初から失敗してたんだよあのロボットは。初手でバス止めるとか、そこはいきなりの射撃でバス撃つところだ。それで殺せなくとも……。


 ガバリとモードを解除する。


 こそこそやってる暇はない。


 砂漠の真ん中で移動手段を落とされる。それだけで終い。後は手を出さなくとも砂漠が殺してくれる。


 俺好みの決着、それを、やられる。


 わざわざ飛んで距離を取ったのバスガス爆発を恐れての間合いだろう。


 安全圏からの狙撃、他の乗客なんかもどうせ助からないと踏んで見捨てて、堅実な手段、やっと噴鬼、機械らしく鬼らしく、心のない戦術を選べるようになったらしい。


 その前に手を打つ。


 最後の切り札、陽動に使ったばかりの横一列の三人、たっぷり食らってありったけ増えたスティンガーズ、感染しての増殖はなかったが無いよりはまし、なければ詰みだ。


 走る俺の横目に光が刺さる。


「そこにいたか安田ヒロシ!」


 絶叫の方向は光と同じ、噴鬼、ざっと百メートルは距離をとった位置、しゃがんだ姿勢から立ち上がり、残る四本の腕の銃の銃口を集めてこちらに向けている。


 その先端、太陽とも銃火とも違う光が漏れ出ている。


 ビーム?


 詰めて弾けたは実弾の筈、切り替え可能とは考えにくい。だがしかし。


 瞬考、間に合わず。


 当てずっぽうの間にて、俺はモードを切り替えた。

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