『殺し屋退治』下

 スティンガーズは露骨に宿主を乗っ取ろうとする寄生虫だ。


 真っ当な奴はすぐに食われて術中に入る。


 それに対抗しうるのは、カンパニーの技術をもってしてても精神論、根性論に頼るしかなかった。


 他者へ自我を渡すのを頑なに拒むエゴ、それが唯一の抵抗手段であり、俺が生き残ってこいつら《スティンガーズ》を支配で来た唯一の理由だった。


 それがなくなれば、後はただの餌だった。


 ◇


 …………走馬燈から抜け出した気分だ。


 前進の痛み、倦怠感、空腹、違和感、それらを押し込めて、体はを動かす。


 いつの間にか倒れていて、そこから立ち上がった俺の目には、透明な箱越しで流れるそう麺がしっかりと見えた。


 一本一本全てがスティンガーズだった。


 思い当たるのは、モード=グレイハウンド、あの時、俺と一緒にいたハンターたちに埋め込んだスティンガーズ、だがあれは幼虫の部類だ。


 小さく、弱く、だから一般人の精神でも抵抗できた。


 ただいるだけ、ただの脅し、ほっといてもしばらくは大人しくしていたはずだった。


 しかしあのスーツ、扇の精神攻撃で弱った精神ではそれもかなわず、ただ増えるを許し、蝕まれるのに抵抗すらできず、べっとりと吐き戻したにゅう麺が如き地獄を作るに至っていた。


 その中に、まるでなるとのように浮かぶ頭は、こうなった原因、スーツの男、浅井扇のものだった。


 残念ながら、楽しめない光景だった。


 扇の精神攻撃が、本人が死ぬことで解除されなければ、あるいはもっと長生きされていたならば、俺も食われてた。


 紙一重の勝利、そう呼ぶほど俺はおめでたくなかった。


 回復してきた精神に、追いついてきた体力に、立ち上がり、ふらつきながら歩いて、にゅう麺の中へと飛び降りる。


 すぐさま群がるスティンガーズ、だけども量がいるだけで今までとは変わらない。全てを屈服させて、従わせる。


 食い残しの肉体を集めさせ、つぎはぎして肉袋に、その中に余った分を詰め込んで、ようやく人心地が付いた。


 これで、終わりで良いのか。


 考えながら転がる扇の頭を拾い上げる。


 生首には驚きも恐怖もない。ただ諦めた笑顔だった。


 ……違和感がある。


 表情にではない。


 顔は本人で間違いない。だが、拭えぬ何か、それが何かを考え、観察し、苦手とする『思い出す』に必死の思いで挑戦する。


 ……それで、奇跡に近い確率を引き当て、思い出した。


 この首には耳にピアスが、その穴さえも、なかった。


 ドシン!


 振動、見上げれば透明な箱の上、どこからか降ってきて飛び乗ったのは素っ裸な扇だった。


 二人目。いやすっぱたがには何故だかピアスがある。ならこの生首が偽物か。


 いかなるトリックかは知らないが、生きた殺し屋が生きて天井で殺そうとしていた。


 引き締まった筋肉、ぼさぼさの髪、膝を追ってかがんだ体制、握って掲げた右手の拳、それが黄色の光を放つや、透明な天井へ打ち付けられる。


「ひぃ!」


 悲鳴を上げたのは中身のターゲット、生き残れてたらしい。


 つまり挽回できる。


 つまり仕事は終わってない。


 慌てて箱の上によじ登るのと二発目が、今度は青い拳が、天井を叩くのとほぼ同時だった。


 揺れる。けれども壊れてない。


「ハズレか」


 そう言って三度拳を、今度の拳は緑の光を放つ。


 それが振り下ろされる前に、スティンガーズを伸ばし、飛ばす。


 モード=ダイキリ、二回目、当たらぬと知っての攻撃だが、それでも逃げに回れば攻撃はキャンセルさせられる。


 それを狙っての一撃だったが、しかし扇は逃げず。代わりにその緑の拳で、スティンガーを受けた。


 接触は一瞬、変化は突然、スティンガーが、巨大化した。


 触れた部分から空気を送り込まれたかのように膨れ、太り、大きく、長く、巨大になっていく。


 コントロールなど等にはなれ、それどころか繋がる部分が膨らみ弾け、俺の腕よりぼとりと落ちた。


 そしてなおより大きく、巨大化していく。


「驚いた。こういうのもあるんだな」


 声は巨大なスティンガーの向こうから、扇のものだ。


「無限の猿、何が出るかわからない完全ギャンブルな俺の切り札、回復が出ることもあるが、まさか身体強化とは、驚かされっぱなしだ」


 何を、と言い返す前、巨大スティンガーが震えた。


「ぴぃいいいいいぎゃあああああああああああ!!!」


 吠える機能を持たない寄生虫が吠える。


 その体は軽く俺の背丈よりも太く、部屋の天井よりも長く、箱の耐久度を超えるほどに重かった。


 べきべきべきべきと音を立て、足下の透明な天井が、壁が、砕けて巨大が沈んだ。


 地響き、床に転がる俺、続いて感じたのは嗅いだことのない悪臭、ぬめりとした白い粘液、ずるりと滑らせた巨大スティンガーは腹だか背中だかに割れた透明な破片が突き刺さって、中身が漏れ出ていた。


「ぴぃいいいいいぎゃあああああああああああ!!!」


 再び鳴くのは断末魔か、激しく出鱈目に暴れる巨体に建物が揺れる。


 それから避けるように一歩引き、回り込むように走り出した。


 ここからは守るべきターゲットが見えない。


 潰れてると思うが、万一生きてたら儲けものだ。


 思い、諦めず、屍を超え、のたうつ巨大スティンガーを避けてぐるりと巡って、裏側へ、走りこんで覗くと、二人ともまだ生きていた。


 尻もちついて、背中をスティンガーに押し当てて、目の前の素っ裸なスーツだった扇から逃れようとしている。


 扇の手には大きな透明な破片、歪な直角三角形ぽい形、その三十度部分を両手で付かんで、まるで斧のように構えていた。


 ブジュ。


 思っていたよりも小さな音、むしろごとりと落ちた音の方が大きいぐらいで、あっけなく守るべきだったターゲットの首が刎ねられた。


 任務失敗、鮮やかな斬撃だった。


「仕事はこれで終わり、やっぱ限度はこんなもんか」


 小さく笑う扇、その目は俺を見ておらず、落ちた首も、首を失くした体でもなく、自分の右手だった。


 指を開いて掌を、そこから血がこぼれ出ている。破片を握って首を刎ねれば、手も無事ではないのが普通、予想では骨まで届いててもおかしくない。


 もっとも、それさえも忘れるほどの地獄をこれから味わうわけだが。


「あーーーもう少し行けると思ったんだけど、やっぱちゃんと準備しないとだめだな」


 誰に言っているのか、俺に対してじゃないことだけは確かだ。


「ま、


 そう言って、扇はやっと俺を見た。


 その顔は笑顔、なのに何を考えてるかわからなかった。


 …………扇は俺を見つめたまま、三角形の三十度っぽい鋭角で自身の喉を突いた。


 ◇


 ……おかしな話だが、跳ねられた首の死因は酸欠だ。


 心臓からは荒れた頭部は血流が止まり、止まった血流の酸素を使い果たして、脳細胞は死んでいく。


 その間、一説には三十秒、つまりギロチン喰らって転がって三十秒は己の血の中を転がれるらしい。


 俺は経験したことないが、経験した奴らは口をそろえて二度と経験したくないと脳が言っていた。


「わ、ワシは、ワシは」


「あんまり動かすなよ」


 首を繋げたばかりの、守るべきターゲットに忠告しておく。


 モード=タワーリシチ、他人にぶち込んだスティンガーで傷を治せる。


 ただそれでも、取れた首を直すのは最大難易度だった。


 肌、筋肉、血管、神経に加えて神経の塊であるせき髄もバッサリやられてるから、それらを結んで、固定して、途切れた神経なんかはスティンガーで代用して、やってると首が倍に膨らむのも差し引いても、生還率はかなり低い。


 俺の今のレベルでは二十秒以内で半分といったところ、三十秒経過で成功したためしがない。


 ……つまり、扇が自殺をあと十秒ほど躊躇ったなら、俺は助けられなかったということだ。


 すっきりしない仕事だった。


 結局仕事仲間は全滅、守るべき男の首も刎ね、助かったのは舐めプ、挙句に自殺されて依頼主への追跡も無理、そもそも正面戦闘もあのハンターどもからきし麺が溢れなければ、正直負けていた。


 精進しなければ、俺もまだまだだ。


 だがまずは、報酬だ。


「それで、相談なんだが」


「あ、あ?」


 首が倍になったのが俺を見つめ返す。


「ほっといたら首をつないだ寄生虫スティンガーズが弾けてお前は死ぬ。だから定期的に俺に会わないとお前は死ぬ」


 わかりやすく、短く、簡潔に説明する。


「だから次合う時までに金髪色白ロリエルフと金髪ドリルヘアぺったんこ姫と銀髪赤目吸血鬼クール系幼女を用意しといてくれ」


「……は?」


「優先順位は銀髪赤目吸血鬼クール系幼女だな。実はエルフも姫もいるんだが、餌が悪いのかストレスなのか、毛が抜けてきてよ。流石に変え時だとは思うんだが、愛着ってもんもあるし、限界までは使おうと思ってんだよ」


「待ってくれ。ワシは、奴隷反対派だぞ?」


「……もちろんさ。俺だってそうさ。だから奴隷にされていた金髪色白ロリエルフと金髪ドリルヘアぺったんこ姫と銀髪赤目吸血鬼クール系幼女を預かって、ハーレムの中で人としての生き方を手取り足取り教えてあげるつもりだよ。つまりは、俺とお前とは志を同じくする同志、同好の盟友ってわけだ。わかるだろ?」


 …………太すぎる首の欠点として、頭を横にも縦にも動かせなくなることだ。


 それでも、その目を見れば何を考えてるかわかるってもんだ。


「それじゃあ頼んだよ」


 言って立ち去ろうとした時、ぐにゃりと踏みつけた。


 奥の死体、むかつく目ん玉、死体を辱めても反応がないから面白くないが、それでも見てたら、何かせずにはいられなかった。


 かがんて手を伸ばして、その耳からピアスを奪い取る。


 あっさりととれた小さなピアス、それよりも、ピアスの穴の方に目が行った。


 軽く血が滲み、だけども出血の止まった穴、あけたばかりで、だけども今すぐじゃない傷跡、そして残された言葉、あっちの俺、と呼ばれた存在、そしてギミック不明のあの偽物……懸念は溢れる。


 まぁ、いい。


 気分を切り開け、ピアスを投げ捨て、出口へと向かう。


 今は新たな奴隷の受け入れ準備を、それより先に首切り直しの練習を、それより先に報酬を、それより先にあのハズレオヤジを回収しなくてはならない。


 やることが沢山、いや、やりたいことが沢山だ。


 本当に、この異世界は退屈しないな。

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