『殺し屋退治』上

 クリーム色で無機質なコンクリートの壁、模様何処か汚れすらないまっさらな壁が高くそびえている。


 高さは、比べる物がないからわかりにくいが、俺の背丈の十倍はありそうで、真昼の空はそれ以上に遠くに行ってしまった気がする。


 触れてみるとぞっとするほど冷たく、なめらかで、人はもちろん、蠅やヤモリですら張り付いて登るのは無理そうだ。


 そんな壁が幅5mほど開けて並び立ち、ずっと向こうまで続いている。


 果てに見える黒い四角が外へ通じる出口で、反対側に見えるのがより中へ通じる入口だった。


 当然床もコンクリートで、後クリーム色じゃないのはところどころにある排水溝と、壁に並ばされてる俺たちだけだった。


 ……今回の仕事は、当たりかハズレか、未だに判断付かなかった。


 十一番コロニー『イコ』その中央に広がる巨大な刑務所の一角、建設予定地とされる独房房に、今回のターゲットがいた。


 いや、正確にはが放り込まていた。


 詳しいことは聞いてない。


 ただ、そいつがこのカンパニーではお偉いさんで、どこぞの殺し屋に命を狙われてるってことだけが聞かされていた。


 今回の仕事はお偉いさんの警備と、殺し屋の撃退とのことだ。


 それだけならばまだ当たりだ。


 危険手当含めて報酬が良く、三食出るし、刑務所見学もでき、見張るだけで具体的なノルマも何もない。額面通りならば楽しいだらけの大当たりだ。


 ルンルン気分で参加した。


 しかし、実際はかなりハズレだった。


 まず俺一人じゃないこと、そして集団でいるから危険じゃいから危険手当が出ないということ、これはまだいい。


 飯は灰色のべちゃべちゃ、塩味含めて味がないくせにやたらと臭くて、つまりは不味い。それも囚人が食べるくさい飯ではなくて、今回のハンター用に特別に用意した激安ジャンクフードだ。原材料のトップに新聞紙と書いてあるとかなんとか叫んだ男は別室に連れてかれて帰ってこない。


 刑務所見学も、ここまでただ鉄格子のある普通の廊下をまっすぐ連れてこられただけで、囚人も処刑台も調教部屋も何も見せてもらってない。


 そもそもここは建設途中の独房房予定地であって、刑務所ですらないそうだ。


 まだ稼働前の刑務所を、出さないためでなく入れないための要塞として運用するのは賢いと思うが、それを見学できないのはハズレだった。


「貴様! 身分証はどうした!」


 そして一番のハズレが、怒鳴っていた。


「身分証は! 囚人とそれ以外を分かつ重要な証! 看守様でさえも肌に離さず付けているというのに! それを着様! なぜ曲がっているのだ!」


 黄土色、と呼ぶのだろうか、明るめの茶色い布で軍服みたいな服を着た髭のオヤジが、竹刀を振りかざしながら俺の隣の隣と隣あたりのやつの前にいた。


「真っすぐ直したらいいというものではない! その見えていれば良いという心の油断が貴様の罪なのだ! 殺し屋がいつ現れるかも知れんというに! 常に身だしなみに気を付けんか! この役立たずが!」


 バシリという弾けた音、見るまでもなく竹刀でぶっ叩く音だ。


「貴様ら若いもんがたるんどるから! わしらはここまで育て上げてきた! おカンパニーが! こうも荒んでしまったのだ! すべては! 貴様ら! 若いもんが! 誰が手で顔を庇っていいと言った!」


 絵にかいたようなパワハラオヤジだった。


 ……こいつは、俺らと同じように雇われたハンターだったはずだ。


 しかし全員集合し、雇い主やここの看守と顔合わせしたとき、どうやらこのオヤジと向こうとは見知りらしく笑顔で談笑、そこからいきなり班長に格上げされた。


 この辺りから嫌な予感はしたが、続く身体検査、所持品検査、簡易身分証の写真撮影までは平和だった。


 しかしその顔見知りの雇った側がいなくなるや、本性を現した。


 貴重品や金品の強奪、紅一点だった女性へのセクハラ、無意味なランニング、そして体罰、これらに反抗したり、仕事を抜けようとしたり、付いていけなかったやつは全員が『暗殺者である可能性がある』とかなんとか難癖付けて、そしてそれらは全部通った。


 看守に連れてかれ、別室に向かった彼ら、これは勘だが、彼らと二度と会えない気がしてならなかった。


 こんな理不尽、普段の俺なら真っ先にぶち壊している。


 だが、そうしなかったのは、隣にいた男から聞いた、一つの噂があったからだった。


「狙われてるお偉いさん、元は奴隷売買を管理してたらしいでやんす」


 実に興味深い事柄だった。


 ……このP.C.カンパニーという組織は、一昔前までは悪の秘密結社だったらしい。


 それが、紆余曲折と内外の反乱、社長交代からの一念発起、人気がアッタからか悪者から良い者に、クラスチェンジした。


 調子のいい話、それが上手く言ってないから俺らみたいな雇われのハンターなんてのがいるわけだが、それらを合わせると一つの想像が出来上がる。


 すなわち奴隷売買をしてた重鎮がこの度命を狙われている理由、口封じか、報復か、何にしろ奴隷関係だろう。


 それがどれほど深く、現在も有効なのかは知らないが、俺にとっては奴隷を手に入れるチャンスだった。


 何せ、カンパニーが変わって真っ先に手を付けたのが奴隷解放、そのために各部署の重鎮を誇示通り切り捨ててきたと聞いている。


 当然、末端も残っておらず、奴隷市場も、言うこと聞かないと光り出すへその下あたりの文様もなかった。


 お陰で俺のハーレムには金髪色白ロリエルフと金髪ドリルヘアぺったんこ姫と銀髪赤目吸血鬼クール系幼女とを加える計画が大きく遅れていた。


 そんな俺にとって、この重鎮とお近づきになることは、かすかな希望に手を伸ばすようなものだった。


「カンパニーも新社長で綺麗に死体みたいでやんすが、人は人、真っ黒でやんす。ちゃんと探せばそっちはまだ健在、頑張れば奴隷も飼い放題でやんすよ」


 教えてくれた男はゲスに笑った。


 他の連中も、残ったのは同じく奴隷を飼う為らしい。


 反吐が出る思いだ。


 こいつらは己の欲望とちっぽけな自尊心を満たすために奴隷を求めてやがる。


 俺みたいに金髪色白ロリエルフと金髪ドリルヘアぺったんこ姫と銀髪赤目吸血鬼クール系幼女を奴隷として買い取って調教し、人としての自覚を持ったうえで屈服させて俺のハーレムに入れようという、崇高な正義が見て取れなかった。


 こいつらは仕事が終わった後、お偉いさんから奴隷の情報を引き出し終わった後に、オヤジの次に惨たらしく殺してやろう。


 ……そうなると、やるべきことが増えて、これはハズレ要因だった。


「いいか! わしはこれから他の班へ伝令に行ってくる! だがすぐに戻って来るからな! 気を抜いておったらただじゃおかんぞ!」


 訳すなら『わしは休んでるからお前らは仕事な』と言ったところか。


 ハズレが消えるのはありがたいが、先の仕事を考えると、オオハズレなままだ。


 何せ、当初いた人数はパワハラで消え三分の一に、最初の予定だった六交代ローテーションは崩壊、これから俺らは二十四時間ぶっ通しの見張りに入ることになる。


 まぁ、そうなったら、残ったこいつらでローテーション組んで何とかするしかない。


 考えながら俺の前を横切ろうとしたオヤジの足が止まった。


 見つめる先、入ってきた方向、ちらりと見れば男が、こちらに歩いてきていた。


 遠くでもはっきりとわかるシンプルな服装、黒のスーツに赤のネクタイ、茶髪のオールバック、耳で光るのはピアスだろうか、男がこちらに歩いてきていた。


「全員気を付け!」


 オヤジの号令、元から全員気を付けてたので変化ない。


 この感じは偉い方のご登場らしい。


 観察したいがよそ見をするなと言われそうなので我慢する。


 ……やっと来たスーツの男はオールバックに見えて長い髪を後ろで束ねているだけだった。


「や、どうも、どうも」


 軽い感じで片手を上げて、スーツの男は端から挨拶していく。


「ご苦労様」


 俺とオヤジの間を抜けて行くスーツ、その手には何もなく、胸には、身分証がなかった。


 怪しむだけならそれで十分だった。


「あのすみません」


 声をかけ行こうとするスーツの肩へ、伸ばした俺の手を竹刀が叩き落した。


「貴様! 今何をしようとした!」


「いえ身分証を」


 ゴ、ゴ、という連続した衝撃、オヤジのげんこつが、俺の顔面を叩いた一発目、その反動でよろめいて壁に後頭部をぶつけた二発目、共に痛い。


「貴様! 人としての心も忘れたか!」


 更なるげんこつ、力任せに、竹刀を握った拳て、俺へ降り注ぐ。


「彼は! この方は! 大丈夫だと! 暗殺者じゃないと! 一目でわかるだろうがバカ者が!」


 拳と拳との間に聞こえたオヤジの声、それが答えだった。


「な!」


 驚いた声はオヤジのもの、だが驚いた表情はスーツも同じだった。


「……別に、変身ヒーローのマスクなんて珍しくないでしょ?」


 思えばこれがオヤジとの初めての会話だが、悲しいことに返事はなかった。


 モード=ニコラシカ、全身にスティンガーズを纏わせる防御のモード、だが今は顔だけを覆っていた。


 自分で自分は見えないが、仮面のようになってるはずだ。


 お陰で残る拳は痛くなかったが、しゃべりにくい。


「参ったな」


 返事を返してきたのは、スーツの男だった。


「まさか俺の『ストックホルム』が効かないとか、失敗したな」


 前言撤回、こいつは俺に語ってない。ただの独り言だ。


 そして、改めて俺に向けた眼差しは、俺を殺すと言っていた。


 なら、殺してやろう。


 決めて一歩踏み出した俺の両腕を、両隣が取り押さえてきた。


 不意の力任せに背中を壁に叩きつけられ抑えられる。


「落ち着くでやんす!」


「でし! 彼は敵じゃないででし!」


 気持ち悪い話し方、だけども抑える強さは半端ない。


「これから貴様を殴る!」


 そして正面にオヤジが立ち、竹刀を上段に構える。


 その背後でスーツの男は手をひらひらと振る。


 参った。これじゃあ、順番が狂うが、仕方ない。


 仮面を解いた俺は、頬が歪むほどに笑ってた。


「スティンガーズ!」


 命じれば速やかに動いた。


 全身より飛び出しうねる白い寄生虫ども、そして驚き逃げようとする両隣へ、素早く刺し繋ぎ体内へ、その肉体を貪りながらコントロールを奪っていく。


 更に前蹴り、伸びたつま先がオヤジのみぞおちを打ち抜き、体を曲げさせる。


 その頭へ更なる一撃をはなる前に、スーツが両腕を上げた。


 それと同時に上空に投げられた何か、壁に割れて滴ったのは、ガソリンの臭いがした。


 ぞっとする想像、最悪の予感、ここは不味い。


 だが逃げられない。


 コントロールを奪った両隣以外の残ってた連中、名前どころか顔も覚えきれてない連中が、俺に向かって殺到していた。


「落ち着けお前」


「同じ仲間だ。武器を出すな」


「頭を冷やせ。話せばわかる。だろ?」


 口々に言うのは、俺をなだめようとする口調、あの『ストックホルム』とやらの効果か、皆があの時、学校でブチ切れて暴れた俺を抑えるように、俺を抑えてくる。


 嫌な思い出、最低な気分、何よりもあいつらと同じように俺をあざ笑うスーツの笑みが、俺のボルテージを跳ね上げた。


 こいつは惨たらしく真っ先に殺す。


 心で決めた殺意でさえもあざ笑うかのように、スーツの男はマッチを擦って、赤く小さな火を灯す。


「化物退治には炎を、常識だろ?」


 言い捨て、燃えるマッチを投げつけて、後は大炎上だった。

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