『鐘と共に消える』中
俺は左利きで、死ぬほど字が汚いが、学校での図画工作の成績は可もなく不可もなくだった。
準備も覚悟もしてない。練習だっておいそれとできるようなモードじゃない。
心だって、痛んでる。
そもそもスティンガーズに操られずに操れる人物が俺しかいないからこれが上手いのか下手なのか判断もつかない。
こうして言い訳を並べてみたところで、誰がどう見てもこのエル・ディアボロは不格好だった。
首の埋まったずんぐりむっくりなフォルム、太い腕は胴体を束ね、丸い指の先は辛うじて人の頭とわかる。スカートのように見える下半身は無数の普通の足がたわしのように束なってかさかさと歩いて、無様だ。
それでも、蹂躙されていた彼らに復讐の機械を与えるに十分な性能だった。
「ぶぉおおおおおおおおおおお!!!」
汽笛のような重低音を上げ、エル・ディアボロは眼前のガーゴイルを掴み上げる。
もがくガーゴイル、子供を抱き上げると言うよりも人形を持ち上げるように抱え上げるとそのまま、力任せに抱き潰した。
悲鳴も上げずに痙攣し、砂のように崩れ落ちた最後のガーゴイルは、他と同じように霧に混じって消え去った。
そして壊れた墓場に、俺とエル・ディアボロとストロンだけが残った。
終わり、のはずだ。
だが霧は晴れない。
あの消え方と出るタイミングを考えれば無関係とはいかないだろう。
出られないか試してないが、少なくとも幼女を連れてのチャレンジは無謀だろう。
……ストロンは、泣きつかれたのか眠っているようだった。
それでいい。嫌な思い出は無理に残さず、見なくていいものは見なくていい。
だけども外で寝かしておくわけにもいかない。またいつガーゴイルどもが現れるのかわからないのだ。
そっと彼女を抱きかかえながら、エル・ディアボロへ触れる。
繋がるスティンガーズ、新たな命令、またガーゴイルが、あるいは見慣れないものが現れたら敵なので殺せ。
……外見としての反応は見えないが、それでもスティンガーの手ごたえはある。
よし。
これでやっと教会だ。
◇
高い天井、奥にステンドグラス、長椅子が左右に並んで、奥には一段高い舞台、教会という場所には初めて入ったが確かにここは、心に何か響かせるものがある。
ここが焼け落ちる中でボス戦やれば盛り上がるだろう。
思いながら踏み入ると、男と目が合った。
初めは驚きの顔、だがすぐにまじめな顔に戻って、立ち上がり、足早にこちらに向かってきた。
黒くて硬そうな服、神父っぽい。ただ前髪で片目隠してるあたりなんちゃってコスプレなのかもしれなかった。
「安田、さんですか?」
神父に訊ねられ、反射で頷いてしまう。
「遅かったじゃないですか。心配したんですよ」
きつくない言葉、だけども声にはいら立ちがこもっていた。
「すまない。敵襲を喰らってた」
嘘ではない俺の言葉に、神父は足を止めた。
「敵、誰かに襲われたのですか?」
「まぁな」
間抜けな質問、いやこの教会内を見ればここにはガーゴイルは表れてないのかもしれない。腐っても聖域ということか。
「敵は岩みたいな肌の怪物だ。魔法っぽかったが、そっちは全然わからないんで判断付かない。ただぶちのめしたら全部消えたよ」
「全部、なら、表でお葬式を行っていた人たちがいませんでしたか? 彼らはどこに?」
「あぁ、彼らは、全部だめだったよ」
「だめ……え?」
「全滅だ。全員殺された」
「え? そんな、馬鹿な」
狼狽する神父、いきなり全滅と聞かされて納得できなくても無理もない。
「生き残ったのはこいつだけだ」
そう言って唯一の希望、ストロンを見せる。
「彼女は、怪我してるじゃないですか!」
叫んで駆け寄って俺が抱きかかえてるストロンを覗き込んでくる神父、態度の急変、ロリコンか?
聖職者の悪いうわさも聞かないわけではない。念のため警戒しておいた方が良いだろう。
思ってる俺の目の前で、神父はストロンの顔を撫で、その閉じた瞼を指で開いた。
「そんな……目が、この娘の目がぁ」
狼狽えるのも納得のグロさ、でろりと飛び出たのは中身が流れ出て萎んだ目玉だろう。
「そんな、純潔の深紅眼が、完全につぶれて、こんな、何故こうなったんですか!」
質問というよりは命令に近い質問に、答える。
「やつらに、やられたんだよ」
俺の一言に、神父は息を止め、俺を見た。
続きを聞かせろということらしい。
「やつらはいきなり現れた。まるで鐘に呼ばれたみたいにな。それで俺やこいつや、葬式連中もまとめてやられた。目に見える分は全部倒した、手ごたえがな」
「……それは、つまり、そのあなたが言う怪物に、殺された、と」
「そうだ。この子の目も、やられた」
……悲痛な現実、それに打ちのめされたように、神父は黙っていた。
それでも現実を教えなければならないだろう。
「外は謎の霧に囲まれている。脱出は難しい。幸い俺の同居人にはここに来てることを伝えてあるから、夜には何かしら助けが来るだろう」
教えながら、思わず笑えてしまう。
「……酷いよな。俺はここに仕事を、誰かを助けに来たはずなのに、まさか助けを待つ方になるとは、これも運命ってやつかな」
ピクリ、と神父は反応した。
「運命、だと?」
後ろに効果音が鳴りそうな感じで神父は顔を上げ、俺を見る。
「一週間だ」
「……ん?」
「一週間、この日のことを計画してきた。段取りも決め、スケジュールを組み、不備がないよう何度も繰り返し確認してきた。朝のメニューでさえ気を付けた一週間だ」
何を言いたいかわからないが、言いたいなら言わせておいた方が落ち着くだろう。
「余にも珍しい深紅眼の一族、異世界で乱獲され、カンパニーが絶滅を企み、それでもなお生き残った希少種、その一族をまとめて捕らえてバラモット様へと捧げる。そのアリバイのためにお前を呼んだのに、遅刻してきた挙句に彼らを、殺しただと」
「殺してない」
誤解されてる。訂正せねば。
「やったのはあいつらだ」
「ふざけるなよこの嘘つきが。あいつらノートルダム・ド・クロックは殺さない。半殺しか気絶させたら攫う、それだけの存在だ。ましてやこうも綺麗に目玉だけ潰す精密動作、できるわけ無いだろ」
「……なんで、そう言い切れる」
「知ってるからさ。誰よりもな」
緊張、嫌な予感、目の前の神父がいきなり敵になった感じだ。
「やつらは鐘の音を聞いた人間の数だけ召喚される。君の分、この子の分、そして私の分も当然存在する」
ぞくりと、スティンガーズが反応した。
方向は上、天井に、まさにガーゴイルのように、ガーゴイルのなんとかクロックが、まさに落下してる最中だった。
「危ない!」
我ながら見事な咄嗟の反応、神父を突き飛ばし、ストロンを抱きかかえたまま飛んで逃げるのと、墜落したクロックが床を砕いたのと紙一重だった。
砕ける床、悠然と立ち上がるガーゴイル、その後方で、現実を受け止め切れてない神父が、うすら寒く笑っていた。
「おそらくこいつが最後の一頭、どうやってこいつを倒したか、じっくりと観察させてもらうぞ」
神父、せっかく死角に入れたのにも関わらず、あえて存在を示す愚行、これだから素人は困るんだ。
「あれだけの数を無傷で来れたのだ。勝てるなどとは言うまい。だがな、こいつらは何度でも蘇るぞ」
「あぁ、やっぱりそうか」
手応えの無さ、しっくりきた。
だったら、手は一つだ。
ストロンをしっかり抱え、踵を返し、走り出す。
方角は、あってるはずだ。
「逃げるのか!」
背後からの神父の声に、振り返って応えてやる。
「違うね! 殺せないなら閉じ込める! 小学生でもわかることだろ!」
これ以上の発言は悪手だ。
人語を理解してるかは不明だが、警戒はしておくべきだろう。
口をつぐみ、背後に神父の激励を受けながら、俺は鐘へと向かった。
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