『鐘と共に消える』上
異世界感、というよりも、場違い感がある。
エルダー・ドラゴン・ハイランダー、大そうな名前のこのコロニーは、何もかもがでかくて、セレブだ。
だだっ広い空間、ひたすら広くてまっすぐな道、一区画ごとにバカでかい建物がそびえ、こちらの遠近感覚を狂わせる。
そんな一画、待ち合わせに指定してきやがった場所は、なんの皮肉か、教会だった。
宗派だ様式だ調だなんだかは知らないが、手前には墓石が並び、芝生は青々とし、天にそびえる十字架が青空から降り注ぐ朝日に輝いている。
神々しい雰囲気、善の風貌、カンパニーには似つかわしくない環境に、反吐が出る。
それに追い打ちをかけるように、墓石の間の空いた場所に黒服の集団がいた。
宗教に無知な俺でもそれが葬式だとわかった。
辛気臭い空気、泣きじゃくってるのは未亡人だろう。だが老人どもは笑い、ガキは飽きている。張り付いた笑顔でいるのは葬儀屋で、見られる喜びに顔を赤らめているのは牧師か神父か、どっちかだ。
人の命が平等でないように、人の死も平等ではない、というのはいつか聞いた幻聴だ。
何にしろ俺には関係ない話だ。
愚痴るのを抑え、その横を通り抜けながら腕時計を見る。
十一時四十分、なわけがない。
時計が止まってたのを思い出し、ぞっとする。
約束の時間は朝の六時半、非常識に早朝だが、間に合ってるはずだ。
だがそれでも一抹の不安というやつがある。
時間、確認、思ってる俺の目がスマホを見つけた。
ピンク、ラメ、子供向け、持っている手は子供の手だった。
白く、小さな手、半袖に膝の出た黒いワンピース、足には黒のタイツ、細い首には黒のチョーカー、赤い髪をボブカットにした幼女だった。
そんなのがあくびをしながら墓石に凭れてゲームでもしてるのか画面に指を這わせていた。
感じから、葬式に連れてこられたが飽きてるんだろう。
何だっていい、今は時間だ。
「あの、すみません」
声をかける。
……反応がない。
「すみません。その、いいですか?」
少し大きめの声……だけども同じだった。
見れば幼女の耳にはイヤホンが、聞こえてないのだろう。
「なぁ」
声をかけつつその肩に触れる。
ビクリ!
過剰とも思える反応、全身を震わせ顔を上げ、俺を見上げた。
それに、今度は俺がビクリと驚いた。
ぞっとするほど、その赤い瞳は綺麗だった。
この世のものとも思えない色合い、これもまた異世界のチートの類なんだろう。
ただ、その眼差しは、不審者に向けらるものだった。
凭れてた体を起こして一歩引いて、その赤い目で俺を足先から顔まで何往復して見てくる。
いきなり知らない人に声をかけられたとはいえ、この態度、赤毛が気が強いというのは異世界でも共通らしい。
「ストロン!」
男の声、黒服の集団の中から腹がでっぷりと出た親父がこちらにかけてくる。
赤い髪に口髭に、父親だろうと察しが付いた。
その父親に向かってストロンと呼ばれた幼女が逃げるように駆けていく。
これは間違いなく誤解された。
解かねば。
ついでに時間も訊こう。
判断して一歩踏み出すより先、鐘がなった。
からーーーーーーん。
耳に心地よい音色、それが知らせる意味、時間をお知らせ、それも六期半とか言う半端な時間ではないだろう。
遅刻、初対面でそれも仕事を行う間柄、マナーとしては最悪だ。
少しでも挽回しようと踵を返す。
刹那、全身のスティンガーどもが騒めきだす。
それとほぼ同時に、濃い霧が、あれほどまでに晴れていた空に、周囲に、まるで取り囲むように、立ち込めていた。
言われるまでもない。これは危険だ。警戒すべきだ。
迷わずモードを切り替える。
スティンガーズを頭部へ、眼球近くへ、モード=レッドアイ、視覚強化で辺りを探る。
……その必要がないぐらい、はっきりと、すっきりと、そいつらは現れた。
場所は影、足元から伸びる闇の中から、まるでそこが穴であったかのように、這い出る異形の姿、鋭く太い爪、灰色の岩肌、飛び出た牙に避けた口、背中にはこうもりっぽい翼も見える。
それが正確には何なのか、俺にはわからないが、なんと呼ぶべきかはわかった。
こいつはガーゴイル、西洋の屋根に取り付けられた石の彫像、それが命と悪意をもって這い出てきたのだ。
影から抜けきった背丈は優に俺の倍、体重など計算するまでもなくヘビー級、無表情で変化の乏しい怪物の顔はそれだけで俺を殺すと言っていた。
戦うしかなさそうだ。
モード=ニコラシカ、全身からスティンガーを出して絡めて鎧、パワードアーマーを纏って拳を握ってのファイティングポーズ、やってやる。
が、速い。
デカいくせに小さくコンパクトな突き、切り裂くのでも叩きつけるでもなくつかみ取ろうとする攻撃に、つねり千切られるようにスティンガーが消耗されていく。
受けっぱなしは嫌いだ。
繰り出された爪を弾き、いなし、できた隙に懐へ潜り込む。
下から見上げる下あごは確かに見覚えのありそうな壮観、そこへ左足と左腕へスティンガーを偏らせての全力アッパーカット、ぶち込んだ。
まるで昇る竜かのような拳、硬い手応え、正に石、岩、クリーンヒットにもかかわらず撃ち負ける感触、気に入らない。
「ぬぉおおおおおおおおお!!!」
更なる全力、押し込め上げ抜ける拳、限界、骨に響く反動、だか砕く感触、突き抜けられた。
完全に跳ね上げられ、真上を剥いて、ガーゴイルはその巨体をゆっくりと後方へ倒れながら、まるで霧に溶けるかのように、消えていった。
決着、割れながら華麗なバトル、あのストロンも俺を見直すだろう。
そう確信して見た先、黒服の集団、それを囲うようにまた沢山のガーゴイルがいた。
「ぎゃああああああああああ!!!」
女の悲鳴、それに紛れて骨の砕ける音、破壊音、地獄の音楽、酷いことになっていた。
持ち上げられるもの、叩きつけられるもの、踏みつけられるもの、持ち上げられているもの、まさしく蹂躙だった。
「ぱぱ!」
腹の底から吐き出された悲鳴は、あのストロンからだった。
泣きそうな顔、赤い髪を振り乱し、飛びついてるのはガーゴイルの腕、その素手が捕まえているのはあの父親だった。
がっつりと、大きな両手で腹を回され、捕まえられ、手も足も出せず、息さえままならない姿で持ち上げられていた。
その顔へ、ガーゴイルは大きく開いた口を近づけていく。
何をしようとしているのか、これからどうなるのか、想像しやすい。
無心に俺は走っていた。
同時に絶望もしていた。
届かない、間に合わない。
あの父親は顔を食いちぎられ、ストロンはそれを目撃する。
最低最悪な未来、それを回避するため、目いっぱい、伸ばした。
モード=ダイキリ、手首から伸ばした一番長い個体、そいつを掌から中指に沿わせ流して、同時に振りかぶって、全力で振るった。
これは正確には
ただ目いっぱいのむち打ちだ。
そして当然、そんなのではこいつらガーゴイルの肌は砕けない。
だけども見なくていいものを見えなくすることはできる。
「きゃあああああ!!!」
耳に刺さる悲鳴はストロンから、ガーゴイルから離れてその手は両手を抑え、だけどもとめどもなく流れ出る透明な液が溢れ出る。
これで良い。
酷い光景は無理に見なくていい。
悲鳴もいい。
酷い音楽を忘れて存分に泣き叫ぶがいい。
後は俺がやる。
スティンガーを戻した俺に、ガーゴイルたちが黙って視線を集める。
「あぁ確かに、酷いよな」
わかってるかどうかは関係ない、ただ俺が言いたいから言う。
「最低だ。酷いことだ。もっといい手があっただろう。やれるやつも沢山いるだろうさ。だがな」
頬が歪む。
俺は笑うように牙を剥いていた。
「やらせたのはお前らだぜ?」
言い終わったころ、ガーゴイルはすっかり俺を取り囲んでいた。
その手には盾なのか人質なのか非常食なのか、黒服のボロボロがあった。
生きているもの、気を失っただけのもの、まだ助かりそうなものもいるが、俺の力じゃ、助けられないだろう。
だから、せめて。
「復讐の手助けをさせてやるよ」
スティンガーを一人に飛ばす。
制限は最低に、自由を得た寄生虫は寄生虫の限度を超え、肉を喰らい、数を増やし、肌を抜けて、姿を蠢かす。
それを連続に、瞬く間に千切れてくパーツをさらに掬い上げ、つなぎ合わせていく。
ガーゴイルからこぼれ出た犠牲者たちは、縫い合わされた巨人となった。
モード=エル・ディアボロ、俺が持ちうる手っ取り早い最高攻撃力、痛むのは良心だけ。
それさえも、今の俺には届いていない。
「そら、やり返せ」
蹂躙の仕返しが始まった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます