『バナナ・バナナ・バナーナ』下

 バナナの皮がどうして滑るのか、解明されたのはつい最近だったと記憶してる。


 それと関連してるか忘れたが、バナナの皮には植物油たっぷりで、皮製品を磨くのによいとか聞いた。


 その油を噛んで噴き出し、空気に混ぜての粉塵爆発、バナナを余すとこなく使う姿勢、腹立たしいことに悪くない威力だ。


 お陰でこちらはだった。


 あの瞬間、迫る爆炎を前に、俺は右手の手首をスティンガーに食いちぎらせた。


 飛び散る血飛沫、それにスティンガーを絡ませ壁とし炎から身を守る。


 咄嗟の判断、名付けるならば『モード=ブラッディマリー』だろうか、なんにしろ火傷のダメージは低い。


 むしろ出血の方が痛いのは、まだまだ改良の余地ということだろう。


「うわあちちちちちちあちあち燃えたあちあちちち!!!」


 冷静に分析してる俺の目の前で、やらかしたバナナ―ナ自身は自分の炎が燃え移った両肩を必死に叩いて消火を試みていた。


 それが演技かギャグかは知らないが、その間にスティンガーを戻して傷を縫い、血濡れた袖で顔を拭う。


 臭うのは血の臭い、これがなければ焦げたバナナのいい香りがしてただろう。


「もうおこったぞー!」


 プンプンと効果音が付きそうな顔でバナナ―ナが鼻の穴を膨らます。どうやら消火はあきらめたらしい。


「喰らえなんとか! 名前聞いてなかった教えて!」


 ……身構えたが、何もなかった。


「もう! いいんだもん! 最終奥義だくたばれバナ―ナ!」


 両手を前に伸ばして腰を落とし、握った拳を上下に激しくシェイクしながら右に左に体を揺らす。


「必殺バナナ真剣最終奥義!」


 今度はこちらに背を向け、足は広く広げて腰を落とし、お知りを突き出し左右に振り振り始める。


「南国天国芭蕉でばっショー!!!」


 ぐるりと上半身ねじって振り返り、顔全部を力ませ頭がパカリと開いた。


 ……開いたアフロの間から覗いたのは、ぐじゅりと広がる傷口だった。


 あのエレベーター、ごっそりと抜け落ちた毛玉、ノーダメージではなかったらしい。


 と、音楽が鳴り響く。


 ジャンルはヒップホップ、知らない言語でのたまう歌詞は下品なスラングとだけ嫌でもわかる。


 それに合わせて踊るバナナ―ナ、残ってたサンバガールもぎこちなくも踊っり始めた。


 そして現れたのは、無数の猿たちだった。


 小柄で茶色い毛、ニホンザルににてより小型な種類、それが奥の部屋からぞろりと一列で現れた。


 小さく跳ねるような移動はしかし、リズムも踊る人間も無視していた。それで進む先は反対側の壁、そこにある機械だった。


 先頭の一匹がたどり着くとどこからかカードを取り出し、機械に通す。


 ピ、という小さな電子音、デジタル数字はただいまの時刻、それを合図にその猿も踊りに加わった。


 あれはタイムカードらしい。


 次の猿もカードを通して踊りへ、次もまた同じようにカードを通して、繰り返す。


 酷い皮肉、タイムカードを通すまで働かないとか、少なくともブラック企業では見られない風景だろう。


「さぁ行くのだ楽園戦士たちよ! ドーピングコンソメバナナだ!」


 ハイテンションにズボンからバナナを抜き出し、ほおり投げると、踊る猿は受け取り、カード待ちの猿は無視した。


 そして食べる踊る猿、変化はすぐに起こった。


 まるで欠伸のように口を開き、牙を剥き、体を震わせると毛が抜けた。口が前に伸び、手は短く、動体は長く、足はそのまま尾が太くなる。


 変身し終わった姿は、ワニだった。


「バナナワニ楽園だー!!」


 両拳を天井に向けて突き上げ、首を振りながらバナナ―ナはシャウトする。


 それにワニたちが呼応し、声なく大きな口を開いた。


 出鱈目、なんでありな混沌、これが異世界なんだろう。


「殺せ」


 突如発せられた笑えない命令、ワニと猿は速やかに従った。


 こちを開き突進してくるワニ、回避した先で滑りこけかける。


 足の下にはバナナの皮、そしてそれをこっそり置く猿の姿、その猿が顔面に飛び掛かって来きた。


 手にはあのカード、売り下ろしてきた切れ味は、振り払った俺の右腕をざっくりと切り裂くほどに鋭かった。


 出血、痛み、気がそちらに向いたわずかな隙に、ワニの尾が迫っていた。


 丸太のような太さ、トラックのような衝撃、スティンガーの防御も不十分に、俺の体は吹っ飛ばされる。


 床、転がり、壁、ぶつかり止まった先、濡れていた。


 振り返れば壁にめり込んだ黄色い扉、軽く凭れると隙間からぶにゅりと漏れ出てる。そこから零れ落ちたのは足、吹っ飛ばした扉に潰れた褐色ガールの千切れたどれかだろう。


 ……こうして見ると思ってたより太く、見た目よりも太ってたみたいだ。


 観察するのも許すまじと襲い来る猿たち、迎撃にその足を振るって吹っ飛ばす。


「へぇええええええいいい!」


 バナナ―ナが叫ぶ。


「貴様! レディの! 俺の愛するレディの足を! ぞんざいにあつかうんじゃねぇ!」


 指さすのは俺、その手の足、見せたのは敵にである俺に見せた行けないもの、だった。


 なら、やることは一つだ。


「返してやるよ」


 一言、バナナ―ナの次の一言を黙らせるに十分な一言、加えてぶん投げるには十分な時間だった。


「ほらよ!」


 ぶんなげられ、回転し、血の雫と肉片をまき散らし、飛んでいく足に、バナナ―ナはガードの姿勢を取る。


 それじゃあ、面白くない。


「おい」


 だから教えてやる。


「愛するレディの足だろ?」


 一言、音楽の名が出も届いた、俺の親切な一言に、バナナ―ナはわずかな反応、ガードを下ろして受け取る姿勢に、シフトした。


 そして受け取る瞬間、加えたスティンガーが、弾けて飛び出た。


 ……スティンガーは寄生虫だ。だから死肉でなく生きた宿主を好む。俺が命じれば辛うじて、死にたての死体に染みこませられる。が、それでも近くに生きた宿主候補がいるのなら、命令を無視して飛び出るのだ。


 それが千切れた足で、そこへ遠心力が加わえば、白くてふんわりなうねうねの塊と化す。


 こいつを目にすれば、愛だのなんだのも吹き飛んで誰もが固まる。


 バナナ―ナも固まった。


 それでもすぐにほぐれて、咄嗟にバナナを取り出し、投げつけ、打ち落としたのは称賛に値する。


 だが致命的な隙ができたことに違いない。


 モード=ニコラシカ、全身をスティンガーでまとったパワーモード、具体的な能力の限界は図ったことはないが、それでもぶ厚い鉄の扉を片手で持ち上げる程度には、そしてそれをぶん投げる程度には、強くなれる。


「そらよ!」


 物を投げるのは得意じゃないが、それでもきちんと、俺の投げた片面黄色片面チーズのない生焼けピザは、真っすぐとバナナ―ナへと向かっていった。


 激突まで三、二、一、が上手くいくもなく、バナナ―ナはかがんでよけやがった。


 むなしく外れた扉は背後でボケっとしてたガールの残りで両面ピザとなった。


 しゃがんた体制から立ち上がり、振り返り、絶望し、憤怒し、俺に向かって叫ぼうと口を開くバナナ―ナ、だがそれを膝へのキスが黙らせる。


 ……人の頭は五キロぐらいあるらしい。


 鉄扉が投げられるなら当然頭も投げられる。唯一の懸念はガールズのおつむが軽そうだってことだが、それでも膝を砕いて反対に折り曲げるのには十分だったらしい。


「お、ごぉ」


 面白いことも言わずに崩れ落ちるバナナ―ナ、決着だろう。


「まだだ!」


 否定するように叫ぶバナナ―ナ、そしてバナナを取り出し、皮ごと貪る。


 それで、目に見えて傷が回復していくのがわかった。


「外印を皮で補い、内印を身で補う、これぞバナナ真拳の極意よ」


 めきり、と筋肉が膨らみ、逆だった膝が戻っていく。


 この回復、こいつ、ギャグキャラか?


 向こうにはいなかった存在、こちらで初めて出会う存在、流石は異世界、だけども俺は、存在を知っている。


 当然倒し方も、だ。


 いい感じをぶち壊すようにワニが襲ってくる。


 一歩引いて噛みつきを回避、ちょうどいい。


 スティンガー、放ち、延ばし、巻き付け、縛る。


 ワニの口は閉じる力は強くとも開く力は弱い、小学生でも知ってる事実だ。それでも暴れる口に、指を食い込ませて持ち上げる。


 不格好なバット、素振りするとぐにゃりと曲がってやりにくいが、には十分だろう。


「さて、と」


 できてた間合いを一歩ずつ、詰めていく。


「まて!」


 極意だなんだ言っておいて焦ってる感じが滲み出ていた。


 興冷めだ。


 なんだかんだのたまわってるのを全部無視してバッターボックスへ、野球なんかやったことないが、スィングなら何度か見てきた。


 ワニを振り上げ一本足打法だ。


「そら、の時間だ」


「まてってばなな!」


 一閃、ぶっ放した。


 ◇


 ワニのバットは一発で壊れた。


 それでもバナナ―ナを吹っ飛ばすのには役立ったので良しとしておこう。



 ……ギャグキャラ、ありとあらゆる攻撃をお笑いとして昇華し、無効化して、次の子までは平然といられる防御特化のキャラクター、それが唯一倒される描写が、お空の彼方へ吹っ飛ばすことだ。


 ここはコロニーだし、隣のビルもあるわけで、星になれたかは疑問だが、それでもすっきりした。


 残った猿もワニも、主の呪縛から逃れた途端、受有を求めて部屋の外へと飛び出していった。


 一件落着、万事解決、初仕事としては成功の部類だろう。


 と、べちゃりと音がした。


 見ればガールズ、一人が逃げずに残っていた。


 なんかの血だまりの中、腰が抜けたのか座り込んで、震えていた。泣きそうな顔、過呼吸気味な息遣い、見開いた目には涙を浮かべ、俺を凝視していた。


 ……あーもう。


 ほっとけばいいものを、ほっとけない俺がいる。


 甘さは弱さ、それは先ほどの、あいつも同じだったはず、なのに俺は、彼女に向かって歩いていた。


 そして目線を合わせるべくひざを折る。


 ひっ、ひっ、ひっ。


 しゃっくりのような引きつった呼吸、先ずは落ち着かせるのが先決だ。


 こういう時、どうするか、思い浮かぶ手は一つだけだった。


 そっと、手を頭へと伸ばす。


 怯えないように、びっくりしないように、そっと、そっと、伸ばして、頭の上に、そして優しくなでて上げる。


 ……効果は抜群だった。


 次は、親密度を上げるのか。


「俺の名前はヒロシ、安田ヒロシ。それで、君のお名前は?」


 訊ねる。


 すると、震える声で恐る恐る応えてくれた。


「ぐ、グロス=ミッチェル、です」


「グロス、良い名前ですね」


 緊張してる彼女へ、ほぐすため笑顔を見せる。


 が、返って緊張が強まってしまった。


 どうする?


 ……おそらくだが、彼女はいきなり主だったアレを失くして戸惑っているのだろう。自由研究で自由を言い渡されて何をやったらいいかわからない状態だ。


 なら、何か小さなことをお願いしてみよう。


 手を動かしながら考えるのも一興だ。


「グロスさん」


 びくりと跳ねる。


「お願いがあるんです。実は俺、腹ペコで」


「あ、あぁ」


「だから何か用意してくれませんか?」


 一言に、グロスさんから緊張が抜けた感じがした。


 効果は抜群のようだ。


「できればバナナ以外で、できますか?」


 コクンコクン、勢いよく頷いてくれるグロスさん、その目には希望を見出した光が見えた。


 良かった。


 彼女とは仲良くなれそうだ。


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