『バナナ・バナナ・バナーナ』上

 第二コロニー『テトロミノ』ここは真昼で明るくても辛気臭かった。


 そびえるビルの林の間に枯れ葉のようなスラムが続く風景は、確かに俺のいた世界とは別世界だった。


 ここはディストピア、夢と冒険のファンタジーとは程遠い、現実じみた地獄、いわゆる異世界転生が嫌いな俺でも、ならばこちらが良かったかと聞かれれば、はっきり言って悩むところだ。


 思いながらたどり着いたのは目的地、ビルの一つ『バナナビル』だ。


 悪趣味に、黄色い。


 渡された手配書からバナナ関係だとは聞いてたが、真っすぐなビルに明るい黄色に黒い部分、熟れて腐りかけなのを表現とか、もっとあったろうに、せめてバナナの木だろう。


 お陰で迷わずに済んだが、しかし、こんなセンスのやつ、通称は『ターゲット』だったか、そいつを捕まえに来たのかと思えば、気が思い。


 喉から出かかった悪態をかみ砕きながら一階へ、壊れてた自動ドアをぶち破り、中に入ると薄暗く、埃っぽい室内、無人の受付、警備もなく、電灯も消えて薄暗い。


 ……手配書には最上階に籠城、とある。


 階数はエレベーター上を信じれば四十階、非常階段はあちらとのこと。


 移動がだるいのは異世界でない、現実だった。


 と、そのエレベーターが点灯した。


 四十階、そこから三十九、三十八と降りてくる。


 幸運など信じない。


 罠か誘いか、仕掛けてきてると考えるのが定石だろう。


 思い、見上げた横には監視カメラ、その視野より外れてそうな場所まで後退する。


 十、九、八、存外に早い速度、出会いがしらの銃撃に備えて正面からずれる。


 三、二、一、ドアが開き、光が飛び出す。


「まてぇええええいいい!」


 絶叫、開いた両開きの向こうにいたのは半ケツの男だった。


 マッチョ、大柄、金色アフロ、バナナガラのブリーフ、足元で踏みつけられているのはでかい銃と、背中の割れたバナナっぽい着ぐるみだった。


 その面、手配書で見た顔だ。


「待って! やり直し! ちゃんとやるから!」


 泣きながらの懇願、慌てて着ようと片足で跳ねて転んで壁に後頭部を打ち付け転がるうちにドアが閉まる。


 挟まるアフロ、はみ出るアフロ、そして上がっていくエレベーターに従いはみ出たアフロもまた、ドアの隙間通りに上がっていく。


 そして頂上にたどり着くやブチブチと音がして、ぼろりと黄色い毛玉が転げ落ちた。


 ……非常階段は、あちらだ。


 ◇


 四十階、一気に登れば疲れるだろうが、十階ごとに休めばいいと、登りながら思いついた。


 それで、その通りにしたら発見があった。


 驚いたことにこのビルには『ターゲット』以外にも人がいたのだ。


 いや、正確には人ではないだろう。


 落ちくぼんだ目、こけた頬、伸びっぱなしの髭と髪、同じスーツに同じ悪臭、垢に汗に煙草に形容しがたい何かの臭い、


 そんな連中が暗い部屋の中、びっしり詰め込まれ、パソコンに向かって何かやってる。


 彼らは俺が見えていない。


 足音たてようが部屋に入ろうが声をかけようが、一切反応がない。


 ただ一回、数字の羅列が並ぶパソコン画面を遮った時だけ、俺を見た。


 ……ただそれだけ、ただ訴えるように見返すだけで、具体的に何もしてこない。


 それで画面を戻せばまた何かをし始めた。


 部屋の角には使用前の紙おむつと使用後の紙おむつ、反対の角にはウォーターサーバー、試しに出してみたら飲むゼリー、舐めて見たらバナナ味とは、酷いジョークだ。


 そんなのが十階、二十階、三十階、三十九階と続いていた。


 ……まさか、異世界で、あっちの地獄を見せられるとは思いもしなかった。


 その上で君臨してるだけで悪役間違いなしだろう。


 あの間抜け面でちょっぴり迷ってたが、これならやれそうだ。


 ……さて、と。


 何杯めか数えてもなかったバナナゼリーを飲み干し、最後の一階分、登る。


 たどり着いた最上階、踊り場の向こうには場違いに黄色い両開きの扉、叩いてみたら存外にぶ厚い。当然鍵はかかっていて、人の力ではびくりとも動かない。


 なら、やることは一つ、ここは異世界、それでもマナーは同じだろう。


 入る前にノックだ。


 一瞬の脱力、後に全身のホワイトスティンガーズへ、号令をかける。


 途端、蠢き、肌を破り、束なり捻じれて形を作る。


 モード=スレッジハンマー。


 下半身増強、左腕強化、わかりやすく特化したモード、目いっぱい左拳を引いて、体をねじって力を貯めて、呼吸を止め、放つ。


 すぱぁん!


 優しいノックは音を超え、軽い手応え、吹っ飛ぶドア、気分すっきり、通路ぽっかり、開いた向こうは予想を裏切らず悪趣味な黄色だった。


 黄色い床、天井、向こう側は全面ガラスらしいが見える風景は絶景とは程遠い。


 そんな中で一際目を引くのはワンポイント、右奥の壁に広がる赤だ。


 例えるならケチャップかネギトロか、いや、いちごジャムかのし梅の方が感覚が近いだろう。燻したハムかソーセージに赤いソースかけた感じだ。


 そんなのが、今しがたノックして飛んでって壁にぶち当たって止まった扉の下から、漏れ出ていた。


 ……漂う臭いはバナナではない。


 あれ? 俺何かやっちゃったかな?


 気まずい感じに思わずモードを解いて元の人の姿となってしまう。


「……そんな、馬鹿な」


 ぼそりと呟いたのは、真正面にいた男だった。


 黄色いアフロにマッチョな体、着ぐるみを止めて普通な、それでも肩パットと青のスカジャンとかいうのと黒いGパン、あまり見習いたくないファッションセンスの男が呆然とその扉を見つめていた。


 その左側には褐色美女が二人、同じく壁を見ていた。


 褐色の肌、黒い髪、素敵なお顔、出るとこ出て引っ込むところは引っ込んでる魅惑なスタイル、着ているのは派手に緑なビキニに羽根飾り、サンバやカーニバルな格好だ。


 その立ち位置から想像するに、ほんとは男の両隣に二人づつ並んで五人、陽気なサンバのリズムで俺を出迎える予定が、二人潰れてバランスが壊れて途方に暮れてるとこなのだろう。


 つまり俺はやっちゃったのだ。


 ……これは、まずい。


 慌てて手配書を後ろのポケットから引っ張り出して読み直す。


 ターゲット『バナナーナ・バーナナ』罪状がバナナの独占禁止法、んなのはいい。もっと下、下、あった。


 生死問わず、なお協力者とみなされる人物も同様、あった、セーフ、怒られない。


 安心して紙を戻しながら部屋へと入る。


「あーーバナナ―ナ、だな。大人しく来てもらおうか」


 できる限り凄みを聞かせて命じる。


「あ、いや、はぁ?」


 が、バナナ―ナは反抗的な顔を俺に向けた。


「おま、いや、待て。今やっといてはいそうですかってなるかーい! こういうのはそもそも出会って自己紹介! お互い信念ぶつけあうのの熱いシャウト! 技の応酬! かっこの付け合い! それで決着! 違うバナナ?」


 なんかぎこちなく体をくねらせ訊いてくるバナナ―ナ、いまいちキャラが出来上がってない感じだ。


 めんどくさい。が、闘いに美学を求めるのは理解できる。


「わかった。悪かった。初めからやり直そう」


「できるかーい!」


 なんか面白いポーズをしてるバナナ―ナ、これは笑ってあげた方が良いのだろうか?


「お前、俺様がどんなハジケリストだろうーが、愛しのバナナ☆ダンサーズ半分殺しておいて、テンションダダ下がりじゃいわい!」


 めんどくさい。が、呷れば悪影響なのは知ってる。だからここは元気づければいい。


「それは気の持ちようってやつだろ?」


「はうん?」


「失ったものばかり見ないで、残ったものを見ろよ。半分しかないじゃなんだ。まだ半分あるんだ」


 いいセリフだ。これで誰の言葉か言えれば完璧だった。まだまだだ。


 それでも心に響いたらしく、バナナ―ナは握った拳を震わせている。


「もう、いい。やろう。やってやる」


 声の調子が変わり、やっと本気、実力を取り戻せたらしい。よかった。


「ラカタンのため、プランテンのため、お前は俺様のバナナ真拳で殺す」


「おう、かかってこい」


 この後に渾身の決め台詞、考えてきたはずなのに思い出せない。


 台詞の続かない俺の前で、バナナ―ナはズボンの前から太くて大きなバナナを引っ張り出すと、一度で全部の皮を剥いた。


 それのシュルリと、啜るように丸呑みにした。


 そして皮を床へと叩きつける。


「行くぞ!」


 勇ましい一声と共に踏み出された第一歩、今しがた捨てた皮を踏んずけた。


 つるり、と冗談みたいに滑ったバナナ―ナ、それに呆れるより先に、間合いを潰された。


 歩いて五歩あったはずの距離から、すぐ真横、手を伸ばせば届く距離に、


「バナナ真拳歩術『黄船』からの、打術『腕芭蕉拳』!」


 打撃、下から掬い上げるような、アッパーとフックの間を取った右拳、避けるの敵わず、両腕で受けるが限度、それでも突き抜ける衝撃、殺しきれなかった威力に、俺の両足が浮かんでぶっ飛ばされる。


 一度目に当たったのは天井、二度目が床で、三度目の床でやっと受け身がとれた。


 技に名があるのも納得の威力、だけども見切れた。


 黄船は右のつま先でバナナの皮を踏んで滑らせ加速する術、腕芭蕉拳はバナナを踏んでない踵で踏ん張っての変則アッパー、見切れた次は対応してやる。


 思う俺の前で、バナナ―ナはまたバナナを取り出し、皮を剥いて、今度は皮を食った。


 ぐちゃりと噛みしめるや鼻の穴を大きく、息を大きく吸い込んで、俺へ口の中身を吹きかけてきやがった。


 黄色い噴霧、臭いはバナナ、衛星概念から思わず両手で顔を庇う。


 ベトリと張り付く不快感、それ以上のダメージはなく、視野も生きている。


 その目で見たのは己が噴き出した黄色い霧の中で、肘を張り、両手を合わせるバナナ―ナの姿だ。


「バナナ真拳奥義『摩時刈芭蕉』!」


 ジャリン。


 金属がこすり合わされる音、小さな火花、そして黄色に着火した。

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