プロローグ

 声が響くほどに広い部屋、長机がずらりと並び、椅子が間に詰め込まれたここは、誰がどう見ても食堂だった。


 座る俺の右手側には無人のキッチンにオシャレなフォントのメニュー、左手側には割れたガラスにたっぷりの死体、電機は止まり、冷たい風が死臭を運ぶ。


 そんな中の席の一つにて、山盛りの総菜パンと冷めたホットスナックと温いコーラ缶1ダースを挟んで、俺は話を聞いていた。


「……つまり、そのハンターってやつになって、働けば、いずれ元の世界に変えれるって?」


「その通りです、安田ヒロシ様」


 そう俺の名を言って、目の前の席に座ったまま、深々と頭を下げたのは年端もいかないガキだった。


 金髪碧眼、ウェーブのかかった髪を肩まで伸ばして、小柄で細くて、まるで人形のような整った顔立ち、あだ名をつけるならアリスとかになる。


 だが服装は実務的、黒のズボンにジャケットに、ネクタイがあれば間違いなくスーツだろう。


 こんなのをわざわざ交渉役に出してきた理由、嫌でも察してしまう。


 勘ぐりながら剥いた総菜パンを一口齧ってあまりの酷い味に思わず吐き出しそうになる。


 何かと見れば一番目立つところに『ベジタリアン用』とある。


 カンパニーでこんな気遣い、笑えない冗談だ。


「いきなり信じてもらえるとは、思ってません」


 悲し気に目線を下ろすガキ、流れる髪から罪悪感が醸し出す。


 それも演技だろう、わかってしまう自分が嫌になる。


「ですが、私たちカンパニーは変わりました。あなたを傷つけ、敵対していた組織は滅んだのです。そして過去のカンパニーのような悪と戦う組織となったのです」


 ……将棋部としての直感、勝負師としての経験、嘘の通じない戦いを経験してか、相手の言葉が嘘かどうか、正確には真実かどうかがある程度わかるつもりだ。


 そこから言えば、嘘の感じはなかった。


 ただ、真実とも言い難い感じだ。


 引っ掛かる。


 うたぐりりながらベジタリアン用を飲み込むと、空になったをガバリと掴まれた。


「お願いです。私を、世界を、助けてください」


 涙で潤んだ瞳でまっすぐ見つめられ、俺の両手を包むように付かんでる手に力が籠められる。


 この感じ、流石にものがあった。


 それをこのタイミング、出そうと思って出せる物なじゃい。


 何よりこれには、悲しいがな、嘘の感じがした。


 要はこいつは、カンパニーが導き出した俺のタイプの異性ってことなんだろう。


 それをぶつけてきたのは、それなりに誠意のあってのこと、とは伺える。加えてこのまま潰し合ってもらちが明かない、ともわかってる。


 あと足りないのは真実だった。


「俺の手を触ってるってことは?」


「え?」


「あぁいい」


 それもこれでわかる。


 モード=ソルティドッグ


 触れ合った俺の左の手の平からガキの左手へ、白色の寄生虫、ホワイトスティンガー、俺のチート能力を突き出し、伸ばして繋げ、ガキの腕の中を泳がせる。


「な! これ! ちょっと!」


「暴れんな。痛みは無いだろ?」


「ちょ、ちょっとやめ、やめなさい!」


「どうした? ガキっぽくないぞ?」


 涙の消えたガキの目、憎悪と嫌悪の混ざった眼差し、本当の彼女、残念ながらかわいいロリガキはいなかったようだ。


 本心を現したガキは開いてた右手を引いて腰の後ろへ、銃を引き抜きを俺へと向ける。


 が、それよりも俺のスティンガーが早かった。


「あへぇえええええ」


 理性が溶け落ちた間抜け面、舌を出し、涎を垂らし、完全にらりった面、好きな奴は好きらしいが、俺は嫌いな顔となって、ガキは銃を取りこぼした。


 それを目では見ながら脳裏では脳の中身を覗く。


 ガキ、エージェント・グラニュー、転生者、交渉系チート能力、実年齢四十七とかババァじゃねぇか、俺への知識は限定的、幼い少年に手を出した罪であれこれピンチだったとは、こいつ切り捨てられたな?


 で、肝心のハンターについては……おおよそ嘘は言ってないらしい。そのために色々あってなんやかんや、これだけの複合的なのは人工的な記憶でもないだろう。


 十分だ。


 スティンガーを戻してつながりを断つ。


「あへ?」


「おいグラニュー、ハンターになってやるから書類やらなんやらだせ」


「うんこれ」


 慌てすぎてめちゃくちゃな動きでどこからか出された書類はしわくちゃだった。


「ここ名前、これペン、だからね? ね?」


 体を乗り出し俺に多い被ろうとしてくる四十七歳、じゅるりと涎を啜る。


「お願いあれやってあれやってもいっかいもっかい」


 これがスティンガーのデメリットだ。


 体内を蠢くにあたり痛みを与えないように麻酔薬を分泌する。それにはがっつりと麻薬成分があって、ちょっと受けただけで、こうなる。


 ならないでいられるのは、頭のおかしい俺ぐらいで、まぁ便利だがうっとおしい。


「わかった。後でやってやるから何か、そうだちょっと料理してこい」


「りょーり?」


「なんかうまいもん作ったらやってやるよ」


「うんわかった!」


 そう、まるで純真なガキみたいに言って、グラニューは冷めたホットスナックにコーラ缶を蹴散らしながらキッチンへと走っていく。


 ……あぁなること、カンパニーなら予測できただろう。


「何が生まれ変わっただよ」


 独り言、聞いてるのは体内の寄生虫ホワイトスティンガーだけ、むなしさを感じながら、俺はしわくちゃな書類を伸ばした。

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