第70話:三月七日

セリアが俺の口元を拭いてくれたせいで残りのホットケーキを食べ終わるまでずっとどこからか肌を刺すような視線が感じられた。もちろん誰がそんなことをしているのかは分かっているのでどうでもいいのだが、どういうわけかマイカがたまに羨ましそうな顔をしていたのが少し気になる。まあ普通に俺の勘違いかもしれないけど。


「なに難しそうな顔してるのよ。子供には似合わないわよ」


「言っておくけど俺は今年で22歳なんだからな! ミナとリアよりも年上なんだぞ!」


「そのミナちゃんに抱っこされながら、しかもそんなに可愛らしい声で言われてもね~」


そう、今俺は母さんの言う通りミナの膝の上に座らされているだけでなく、抱っこまでされているのだ。


ちなみに今子供達とエメさんは片付け中なのだが、流石にそこまで母さんにやらせるわけにはいかないということで俺達と一緒に居間で食後のティータイム中である。まあ別にうちは食洗器とかもあるし使った食器なんかは全部サッと水で流すだけでいいんだけど。


「そういえば、アベルがいない理由はさっき聞いたから知っているが、息子のところで雇っているあの優秀な執事…セレスはどこにいるんだ?」


「言われてみれば確かに今日はまだ一度も見ていませんね。前来た時は必ずいたような気がしたんですが」


「ああ、セレスさんなら今はアベルの代わりに騎士団にいるぞ。というか最近は人手が足りないっていう理由もあって、主に経理関係の仕事をしてもらってたりするんだけど……、やっぱ勿体ないかな?」


というのも、この城内はかなり広いがかなり便利にしてあるのでそんなに人が必要じゃない為セレスさんには経理関係の仕事をお願いしたり、戦闘力の高さを活かして騎士団や警備班に行ってもらっていたりしている。また経理に関してはミナが直接お願いしただけあってかなり有能だし、報告書によると騎士団なのでは戦闘から事務仕事まで何でも教えてくれるためかなり人気があるらしい。


一応仕事がハードなのは俺も分かっているので土日は完全に休みにしているのだが、そういう日はよく子供達を連れて散歩に行ったりしているらしい。


「ですがご主人様は基本なんでも自分一人でやろうといたしますし、掃除やお料理に関しては私達で足りておりますので…今までしてこなかったお仕事をするという意味では良い気分転換になるのではないでしょうか。別に向いていないお仕事をお願いしているわけでもありませんし」


「セレスのやつなら経理はどうか知らんが騎士団の仕事は結構気に入っておるようじゃぞ。その証拠にアベルはもちろんうちの兵達と摸擬戦をしておる時はかなり楽しそうじゃからのう」


えっ、あのお爺ちゃん実は戦闘狂だったの? 確かに強いっていうのは聞いてたけど、アベルとも摸擬戦を出来るとかマジかよ。


「そうだ! ねえソウ君、ソウ君、私達の家は結納金の代わりにここのキッチンと同じ設備をあっちの宮殿にも欲しいんだけど……駄目?」


「いや、そもそも結納金って自分からねだるものじゃねえだろ。それに俺達の婚約を発表するにはまず、俺が国王にならなきゃ始まらないってミナが―――」


「あっ、そうだそうだ、危なく忘れるところだった。息子とミナ達の婚約についてはお前の国王宣言と同時にすることにしたから、よろしく頼んだぞ」


「はあ?」


あまりにもブノワの親父の言葉が予想外だったため間抜けな、しかもまだ体が小さいままなのでショタ声で返事をしてしまった。そのせいで俺の周りからは『可愛い~♡』とかいう声が聞こえたが全部無視だ。


「始めは私達もかなり時間が掛かると思われていたのですが、例の爆発事件の様子やその後の映像のおかげで貴族の方々を納得させるには十分な材料になりました。その代わりに今度はソウジ殿の人としての魅力に気付いた方々がうちの娘も是非…というのが出始めていますが」


「どうせそんな奴はほんの一部だろ? 別にどっちにしろいらないけど」


そんな俺の独り言をしっかり聞き逃さなかったお母さんがミナ達に向かって


「貴方達、よくこの子を落とせたわね。今後ソウジが自分のお嫁さんとして認める人がどんなのか凄く興味があるんだけど」


「というかそんな子いるの? 贔屓目なしにうちにいる貴族の娘さん達って容姿はもちろんのこと、性格まで完璧な子も結構いるのにこの反応よ。しかもソウ君はそのうちの何人かと既に面識があるし」


そういえば二度目のマリノ王国訪問の時、ブノワの親父が待ってた部屋に行くまでに何人かとすれ違ったな。その度に母さんが軽く紹介してくれたけどあんまり覚えてないは。確かに全員可愛かった気がするけど……どんな顔だったっけ?


「その様子だと覚えていないようだな……。はあ、我々は今からその方達にお断りというか、息子の気持ちを代わりに伝えて納得させなきゃいけないというのに」


「なんだ、もう帰るのか?」


「先ほど陛下も仰いましたが、私達はこれからソウジ殿の建国・国王宣言をする日までに一部の貴族を納得させなければいけませんからね。……まあ、これも貴方のお義父さんとしての仕事の一つですよ」


「ねえ、今いい感じの話をしてたけどさあ…なんか俺の知らない情報が一つ入ってたんだけど⁉」


そんな俺の疑問を完全に無視した二人はそのまま立ち上がり、キッチンにいる子供達に挨拶をしたかと思えばそのままこの部屋のドアへと向かい始めたのを見たティアが


「今日はわらわが二人を見送ろうかの」


「おい、ちょっと待て‼ 帰る前に宣言云々の説明をしてから帰れ! おいゴラッ! ニコニコ後ろを向きながら歩いてんじゃねえぞ‼」


どうにかしてミナの抱っこ状態から脱出しようとしたものの、体が小さいせいか上手く力が入らないためブノワの親父達より先に玄関へ転移して先回りしようとしたのだが……何時もの感覚で魔法を使った筈なのに何故かソファー席から二メートル程離れた場所に、しかも空中に投げ出された状態になってしまい…このまま床に一直線かと思った瞬間


「突然変な遊びを始めないでください、ご主人様」


「あっぶねえー。リアがキャッチしてくれなかったらマジで落ちるところだった」


つか落ちそうになる瞬間、飛行魔法を使おうとしたのにどういうわけか反応しなかったんだが…どういうことだ?


「わらわがお主を小さくする時は大抵勝手に動かれたくない時じゃからのう、ちと使える魔力量を少なめにしておるのじゃ。ということで今後は気を付けるんじゃぞ。それと別に魔力を使い切ったわけではないから魔力枯渇による体調不良はないはずじゃぞ」


「ああ゛っ⁉ 勝手に人の魔法を悪用してんじゃねえぞ!」


つか、俺の魔法ってそんな使い方も出来るのかよ。……あいつ頭いいな。


とか関心いているうちにティアはブノワの親父達を連れて玄関へと行ってしまい、何故か今度はリアの膝の上で抱っこされていた。


「―――、――君」


背中に当たっているリアの胸がミナの物より大きいこともあって中々気持ちいい。いやっ、でもミナの小さい胸もそれはそれでまた違った感触があって悪くなかったな。う~~~ん、どっちも最高‼


「――君、―ウ君、ソウ君!」


「ふえっ? えっ、あっ、何?」


「も~う、やっと気付いた。……それより聞きたいことがあるんだけど、さっきの『勝手に人の魔法を悪用してんじゃねえぞ!』ってどういう意味なのか、ママに教えてほしいな~」


何がママだよ。逆に俺は宣言云々の説明をしてほしいっつうの。


「私もその件については気になるのだけど、その前に…この国の建国とソウジの国王宣言についてなのだけどこれには私と夫も出席するかよろしく。というか主に私の夫が進行と言うか…司会みたいなものもやる予定だからそこら辺は別に準備しなくてもいいわよ。あと日程についてだけど今のところは一週間後。つまり3月7日だからそれまでに何か用意しておきたいものがあるならちゃんと準備を進めておくこと。分かった?」


「分かるわけないだろ‼」

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