第37話 騒動の終わり 【10月17日】

「しかし君達もまた、タイミングよく現れてくれたね」

「河野さんに私達の危機を伝えると、外務省が動いてくれるので、早まらず少し時間を置いてから様子を見に行って欲しいと言われました。それで管理事務所を遠巻きに探っていると警察官とは明らかに違う集団が駆けつけ、乱闘が始まりましたので」

「羽島局次長はクマ族の民兵組織と通じていたのか……」

 ということは、やはり外務省や西側諸国は初めから、この島にクマの亡命政権でも作る気で工作をしていたのだろう。

 その動きを読んでブルンガ共和国政府に、BDGSEを派遣するように指導したのは、ロシアのFSBか中国の国家安全部か……。

 推測だが、外務省が我々の派遣を要請した真の目的は友久教授の死によるものではなく、モカンゼを殺害した組織の全容を探る為だったのではないだろうか。

だとすれば、自分達が信頼していたルカ・ベンが、実は黒幕だったと知った時の衝撃は計り知れないはずだ。


 管理事務所から出ると戦闘は終わっていて、付近はカーキ色のシャツにオレンジの腕章を巻いたクマ族の民兵によってほぼ制圧されており、抵抗を諦めたブルンガ警察とハミ族の民兵(どちらもベージュのシャツ着用)はブルンガナイフを地面に置き手を上げていた。

「穏便に終わらせるはずの調査が大変な事になってしまいましたね。私達やりすぎたんでしょうか」

 桧坂が少し不安そうに言った。そういう桧坂の手にはまだシグが握られている。

「そうだねえ。でも仕方ないよ。我々だって騒動を起こそうとして調査していたわけじゃない。ルカ・ベンが黒幕だったということに羽島局次長も知らなかったわけだろう?」

「そうですね。あの穏やかな人がまさか秘密警察を操っているとは思いませんでした」

「それとね、その拳銃は危ないからもう仕舞いなさい。ほら群衆が殺気立ってるのでそういうのを持ってるとかえって危ないと思うんだ」

 桧坂が振り返ると、いまや管理事務所周辺は興奮したブルンガ人と遠巻きに見つめる日本人の群衆で埋め尽くされていた。桧坂は慌てて拳銃を上着のポケットに仕舞い込んだ。


 あちこちでケンカを始めそうな人々をなだめていたのは、先程までブルンガの秘密警察と戦闘をしていたムンバ達、クマ族の民兵で、今後は彼らが治安を担うのかもしれない。

 外務省やその背後にいる日本政府、アメリカ、フランスは本当にこれを望んでいたんだろうか?

 山部には、CIA等の工作組織はそうかもしれないが、少なくとも外務省や羽島局次長は例えブルンガ本国で西側の権益が戻らなくとも、このブルンガ島では平穏を望んでいたのだろうと思えた。

 いずれにせよ、こんな騒動が起こったとなれば、ブルンガ共和国と日本の間で一悶着ありそうだが、そこは百戦錬磨の羽島達がなんとかするだろう。

だがこの先、警視庁や日本政府もマスコミ対応に追われる事になるはずだ。そして当然、山部自身も追い回される事になる……。

 いつの間にか島の周りを低空で旋回している新聞社のヘリを見上げて山場は思った。

 どうやら一連の事件が、マスコミにバレたようだ。SNSの時代だからこの島に住む日本人の誰かがツィートしたのかもしれないし、故意にリークした者がいるのかもしれない。

「くわばら、くわばら」

 山部はブルッと震えて首をすくめた。


「山部さん、神奈川県警の船が桟橋まで迎えに来ていますが……」

 富永が山部達を呼びに来てくれた。

「本当は、あの秘密の釣り場でスズキを釣って帰りたかったんだが」

「それは、また別の機会にして下さい。早くしないと島を出た途端、マスコミの船に囲まれます」

 桧坂が急かすように言った。

「そうだね。ま、今日は引き上げるか。あ、桧坂君もタラップに気をつけてね」

 山部は少し名残惜しそうに、ブルンガ島を振り返りながら桧坂の後から船に乗り込んだ。

「ご苦労様です」

 神奈川県警・水上警察『あしがら』の船長が山部達をねぎらってくれた。


「大変な事件でしたけど、結局ダイアの行方は分からなかったんですね」

 窓の外を並走する新聞社のチャーター船を目で追いながら桧坂が呟いた。

「えっ、ダイアなら君も目の前で見たじゃないか。友久教授と一緒に写っていたモカンゼの娘は眼帯を付けていたが、元フランス軍の傭兵にして、近衛准将のロランが守っていたアミラは眼帯を付けていなかったじゃない」

「あ、あれが! それをアミラさんと同じ学校で先生をしていたルカ・ベンが必死で探していたなんて。灯台下暗しとはこの事ですね」

「カラーコンタクトを付けていても中心部分は透明だ。彼女の場合、そこから覗く瞳孔の色が片方だけ違っていた。人間の瞳の色は様々だが、正常な眼球なら瞳孔だけは黒い。アミラの瞳孔は青かったろう? ほらケセラセラでも『大切なものは隠そう』と歌っていただろう」

「アミラさんも過酷な運命を背負って生きてるんですね。彼女はたぶん、小学校の教師として子供達に囲まれて平和に暮らしただけなんだと思いますけどね。その仕事も長老からは反対されていたんでしょ」

「それは大丈夫だと思うよ。長老はおそらく、彼女が教師として働いている同じ学校にルカがいるから辞めさせたかっただけじゃないかな。だってルカが必死で探しているダイヤがすぐ目の前にあるのでは心配でしょうがないだろう」

「あ、そうか。そうですよね」

「さて『あしがら』が来てくれたようだ。帰るとするかね」

 ふいに桧坂が、「山部さんはこの後、どうされるんですか?」と尋ねた。

「そうだねえ……。実は知り合いから某アパレルメーカーの総務課に来ないかと誘われてるんで、その仕事を受けてみようと思うんだ」

 自分でもその積極さに驚きつつ、山部はそう答えた。

「そうですか。では私も何かできる事を見つけなくっちゃ」

「どうして? 目が良くない事を気にしてるんなら、これからはips細胞による治療がどんどん発展するだろうし、毎日しっかりと目薬でケアしていれば、そのうち再生医療だって身近になって保険適用されると思うよ」

「知ってらっしゃったんですか」

「うん、君はまるで今回の担当が最後のようにすごくがんばっていたよね。情報収集とかも優秀だった。本当に警察に欠かせない人材だと思うよ。だからこれからも警察官として女性が住みやすい優しい日本を作っていってください」

 桧坂の表情がパッと明るくなったように見えた。

「はい、ありがとうございます。山部さんもがんばってくださいね」

「ありがとう。でも、その前に『相棒』を迎えに行かなくちゃ」


          ( 完 )

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