第36話 襲撃者 【10月16日】
「uvamizi uvamizi (襲撃のようです)」
そう叫んで部屋を飛び出した警官が、直後鮮血を撒き散らしながら、まるでゾンビの歩みの様な、ぎこちない動きで部屋の中へ戻って来て、倒れた。
「nini happened?(何が起きてるんだ?)」
ルカ・ベンは目の前で起きている状況が信じられない様子だった。
誰かが襲撃を仕掛けている。
山部は、それが桧坂でなければ良いがと願ったが、返り血を浴びて管理事務所に入ってきたのは意外な人物だった。
「ロラン・チャタ?!」
それは日浦・傷害事件の際に立ち寄った、アミラの家に住む長老だった。
自称の100歳超えは嘘だとしても、見た目で80歳位の老人が背筋を伸ばし両手に巨大なブルンガ・ナイフを持って立っている。その姿は思った以上に長身で、とても高齢者とは思えなかった。
山部は今のうちに逃げるべきかを考えたが、ロラン以外の襲撃者がどれ程いて、それが何者かも分からない中、むやみに管理事務所を出るのはかえって危険と判断し、部屋に留まる事にした。その上で、とばっちりを避ける為、部屋の隅に移動した。
血に染まったブルンガナイフを両手に構えたロランは、まるでフィリピン武術・カリの様に、ナイフを交差させ、機敏な動きで、舞うが如くルカ・ベンに襲いかかった。
応戦を強いられたルカ・ベンは、
「Monstre, je vais te donner une lecon!(化物め、俺が成敗してやる)」
と大声で気合を入れ、部屋の中で倒れている警官のナイフを奪ってロランに対抗しようとしたが、ナイフ術に関しては、雲泥の差があるようで、こちらの動きは、山部の目で見ても、まるでぎこちなかった。
二、三合交えただけでルカ・ベンはあっという間に壁際に追い込まれ、勝ち誇った表情のロランによってナイフを腹に突き刺された。
「traître!(裏切り者め)」
ルカ・ベンがロランに血が混じった唾を吐いた。
「c'est mon affaire(これが俺の仕事でな)」
ロランはそう言うとルカ・ベンに向かって数度、ナイフを振り下ろし、とどめを刺した。
殺戮を果たしたロランの目が、今度は山部を見据えた。それは幾度も過酷な戦場で命のやり取りをして来た者だけが持つ冷徹な目だった。
山部は、先程までのルカ達との攻防でも、あるいは警視庁時代にも体験したことのない恐怖を感じた。
「やはりそうか。日浦に切りつけたのは、あんただね。アミラはクマ王国の大事な姫君。王党派の元准将としては、外国人である日浦が遊び半分で王女に近付くのが許せなかっんだな」
ロランは襲いかかっては来ない。
しかし、ナイフは身構えたままで、眼の前にいる山部を推し量っているように見えた。勿論、山部としても大人しく命を落とす気は、さらさらなかった。
「やれやれ、シニア同士の戦いになるな」
山部は気合を入れ直し、転がった椅子を手にロランと向き合った時、大声で叫ぶ者がいた。
「Rorann, il n'est pas l'ennemi !(ロラン、彼は敵ではありません)」
その声を聞き、ロランがナイフを下ろした。それは先程、山部達に逃げ道を教えてくれた、ムンバというギャルソンで、その背後にはクマ族であろうと思われるカーキ色のシャツにオレンジの腕章を巻いた数十人の民兵が、血の付いたブルンガナイフを手に立っていた。
山部は全身から力が抜けるように座り込んだ時、遅れて桧坂が入ってきた。
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