第35話 吉浦電気管理事務所 【10月16日】
吉浦電気管理事務所の前にはシトロエンのパトカーとクラウンのパトカーが二台止まっていて、その前に大きなブルンガ・ナイフを構えた警官数名が見張っていた。
これだけ厳重だと富永を奪還して城門を開け、逃げることは難しい。仮にそれが出来たとしても次は間宮らが人質になるだろう。
第一、70名以上の日本人を危険に晒すこともできない。ペットホテルに残してきた相棒が気がかりだったが、山部は両手を上げ、正面から堂々と入ることにした。
警官は以前の様にフレンドリーとは言いがたかった。山部が武器を隠し持っていないことを乱暴に確認すると、背後からナイフを突きつけて管理事務所の中に通した。
意外なことに富永はルカ・ベンとテーブルを交えて茶を飲んでいた。
だからといって山部には富永がルカと通じているとは思えなかった。
おそらく、興奮状態にあるルカ・ベンの気を沈める為に、茶を振る舞ったのだろう。
そのあたりはさすがにブルンガ人と共に仕事をしている管理部長、老練だ。
「山部さん、戻って来てくれはりましたか。残念ながら、お一人だけみたいですが、まあ教授のファイルが入ったUSBを持ってはる桧坂さんは、部下に引き続き捜索させましょう」
そう言いながらルカ・ベンは、テーブルの空いた椅子に山部を誘った。
「前々から不思議に思っていたが、どうやらルカ、君がブルンガ島の真の責任者らしいね。だったら私が戻った以上、富永さんは開放してくれるね」
「勿論ですよ。富永さんは我が国の経済にとっても大事な方ですから」
ルカ・ベンは手で近くにいた警察官に手で合図し、富永を開放させた。
「人払いをしたところで山部さん、ダイアの行方について知ってる事を話してくれはるんでしょうね」
「知らんと言っても納得しないだろうから、私が掴んだ情報から推測でも言おうかね」
「そらあ、ありがたいです」
「例のモカンゼは、フランス情報機関とプロの傭兵集団の手で国を出たそうだ。これは友久教授の秘密ファイルに書いてあった。そうなると、彼の自由へのパスポートは何と引き換えたんだろうかね。プロの傭兵集団を動かすのは莫大な資金がいるんじゃないか?」
「mjinga(バカな!)」
「だが、君達はモカンゼ周辺のどこを探してもダイアを見つけられなかったんだろう? 考えて見ろ。もしモカンゼがプロの傭兵集団にダイアを支払わず、持ち続けていたとしても、フランスは奪われる恐れのあるダイアを彼に持たせたまま、この島に移送させたと思うかい? 背後にいると思われるCIAは?」
ルカ・ベンはしばらく、巌しい形相で山部を睨みつけていたが、やがてフっと息を吐き、
「そらあ、そうかもしれん……」と呟いた。
「と、いうところで我々を返してもらえるとありがたいんだがね。ブルンガと日本の友好関係を損ねない為にも」
山部の少し都合の良い提案に苦悶の表情を浮かべて考えていたルカ・ベンは、
「残念ですけど、そんだけ知ってしもた山部さんには、やっぱり事故で死んでもらわんと、あきませんわ」
と、絞り出すように答えた。
「友久教授に続いて、また事故でしたでは、通らんと思うがね」
「それができるんが外交ですわ」
そう言って笑いを浮かべた。
「残念だよ。ルカ、君は小学校で君達の指導者の話をしてくれた。彼は『民を強硬に統治しても結局は面従腹背を招くだけだ』と説いたんじゃなかったか? だが、君達が今やってる事は何だ。恐怖政治じゃないか。だったら君達が嫌うクマ王国と、どう違うんだね」
「理想は理想ですわ。テロの危険がある場合は、予め排除する。そうする事で平和を守るいうのは世界中でやってる事やないですか?」
「我々は君らのように乱暴なやり方はしない」
「五十歩百歩。目くそ鼻くそを笑う。日本には良いことわざがありますな」
ルカ・ベンは聞く耳を持たないようだった。
相手がその気ならば、仕方がない。山部は心の中で『智美、どうやら俺もすぐそっちに行きそうだよ』と呟きつつ、例え殺されるにしても事故だなんて言い訳がつかない様に、目一杯暴れてやる。と身構えた。
その時、表で怒号と悲鳴が聞こえた。
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