第34話 ムンバという男 【10月16日】
道路の先に警察官と武装した民兵と思われる集団が駆けて来るのが見えた。
「おっと!」
山部は立ち止まって抜け道がないか探した。
すると、シアの木の陰から「ヤマベサン コッチヘ!」と呼びかける声がした。
それは日浦が搬送される現場でも目撃し、山部が刑事の感で怪しいと感じていた、ビアホールのギャルソンだった。
「君はいったい誰だ? どうして我々の事を知ってる?」
「Je m'appelle Munva. Je la protège(私の名はムンバ、彼女の守護者だ)」
「ムンバさんは誰か女性の方を守っているようです」
ムンバと名乗る若者は、ルカ・ベンも持っていたページャを示した。そこからは追手と思われる者達のがなり声が聞こえている。皮肉にも山部達を監視していたページャは、秘密警察の情報をも、ムンバ達の組織に漏らしていたのだ。
ムンバは「ココカラ ウミ ニ デラレル」と言って日本人住宅の中にある細い路地を指さした。
「メルシー!」
山部は男の指示に従って路地に飛び込んだ。
「信じていいんでしょうか」
桧坂が不安そうに言った。
「分からん。が、賭けて見るしかないよ。たぶん彼は、ルカ達に対抗するクマの人間なんだと思うよ」
曲がりくねっていた路地は見通しが悪かったが、幸いにもブルンガ人警官と出くわす事はなかった。
途中、桧坂が何かに蹴躓いて転びそうになったが、それは寝そべっているヤギだった。
こうした薄暗い場所では視野狭窄のあると思える彼女は足元があまり見えないのだろう。
叩き起こされたヤギが「メェェェェ」と文句を言った。
「ちょうどいい。プリントアウトした書類は、持って逃げると邪魔だから、こいつに食べてもらおう」
「そんなものを食べさせたら動物虐待ですよ」
しかし背に腹は変えられなかった。友久教授の日記はUSBさえあれば、またプリントアウトできる。何よりそれをルカ達の手に渡す訳にはいかないのだ。
走り去る時、後ろを振り返ると、ヤギはうまそうに書類を食べていた。
曲がりくねった路地は、やがて広い道に出た。
だが、港に出る城門がピッタリと閉ざされている。
かくなる上は、スズキの釣れるデッキの方に船を回してもらって、そこから飛び降りる事も考えたが、その場所ですら、海から5メートル以上の高さがある。
どうしたものかと山部が迷っていると、
「富永さんに電話してみます」
と、桧坂がスマホを取り出した。
だが、彼女が吉浦電気の管理事務所に電話をしてみると、受話器を取ったのは富永ではなく、ルカだった!
ホテルのベランダを脱出したルカ・ベンは、体制を立て直すと、真っ先に門の開閉を操作できる、管理事務所を押さえたようだった。
「この電話は桧坂さんでっか? 山部さんに、あんまり手間をかけさせんように言うて下さい。富永さんまで巻き込むつもりでっかてね。 共犯者の富永さんが抵抗したからやむなく射殺したてなことにならんように、こっちまで出頭を……」
慌てて電話を切った桧坂が、少し狼狽しながら山部の指示を仰いだ。
「富永さんが人質にされているようです」
「分かった。富永さんは無事なのかな」
山部は出頭を決意すると共に、桧坂には、
「河野と連絡を取ってくれ。管理事務所には私一人で行く。銃はどうせあっても使えない(日本の法律の及ばない国で警官を撃てない)ので、君が護身用に持っていてくれ」
と、シグを桧坂に渡し、ルカ・ベンが待ち構える管理事務所に向かった。
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