第33話 京沖ホテル脱出 【10月16日】

 二人のブルンガ警官が山部と桧坂の靴底を調べ、何やら大声で叫んだ。

「先の日浦さん襲撃事件の容疑者に山部さんの名が上がっとるんですわ。事件現場に足跡がいっぱい付いてましてね。今、調べた靴底が現場のものと一致したみたいです」

「バカな。事件現場には、君と一緒に入っただけじゃないか!」

「現場に案内しろと言いはったんは山部さんでしょ。つまり既に付いている足跡を、覆い隠す目的で私を使わはったんやないですか?」

 とんでもない理屈だが、ここはブルンガだ。日本の常識が通用するはずもなかった。

「山部さんは昨夜、日浦さんとスナックで会いはったんでしょ。私にそう言うたやないですか。おそらく友久教授についての事を聞きはったんやろうけど、あの人は桧坂さんにちょっかい出してたから、桧坂さんを呼んで来るまでホンマの事はしゃべらんとか言うたんやないですか?」

「それで殺したと?」

「もちろん普段の山部さんやったらそんな事はしはらへんやろうけど、お酒が入ってましたよって」

「君は桧坂君がスナックに来ていなかった事も知ってるようだね。私はそれを言った覚えはないよ。どうせページャで盗聴していたんだろうが、それだったら私がその後、日浦と会ってない事もわかるだろうに」

「私は夜、弱いんで適当に眠ります」

「なるほど。どうあっても勾留したいというわけだ。で、いつまで?」

「少なくとも本国から裁判官が来るまでは居てもらわんといけません」

「弁護士は付くのかな?」

「勿論。山部さん達は日本人なので日本語の喋れる弁護士を付けますよ。といっても私以外、日本語がたっしゃな者はいませんがね。検事は私の部下が務めます」

「そりゃあ、公正な裁判が期待できそうだ」

「裁判はすぐにというわけじゃないだろう?」

「裁判官が来るのは年に2回だけ。次は年明けですね」

「だったら、私をしょっ引けばいい。桧坂君は日本に返してやってくれ」

「共犯者の疑いがあるのにでっか? そらあ無理な話や。それに我々の尋問は、女性にはちっと過酷やから、悲鳴を聞いて山部さんが色々喋ってくれるかもしれんやないですか。知ってはりまっか? ブルンガで勾留された女性は、入る時は一人でも、出る時は子連れなんですよ」

ルカ・ベンは自分の言った下品な冗談にクックと笑った。

それが単なる脅しだとしても、この島に勾留されると別の危険がある。

必要な投薬が適正に行えるか、心もとないのだ。高血圧の山部の場合、拘置所での食事が悪ければ痩せる事で、多少なりとも緩和できるだろうが、桧坂のように毎日必ず眼圧降下剤を点眼をしなければならない者はやっかいだ。

しかもその事にルカ・ベンが気づくと、交渉材料にされるに違いない。

「uchunguzi wa mwili !(身体検査しろ!)」

ルカ・ベンが桧坂を指して叫ぶと、一人の警官が卑猥な笑いを浮かべながら彼女に近寄った。同時に桧坂が体制を低くする……、

 次の瞬間、警官は腕を取られて床に叩きつけられていた。桧坂が合気道を使ったのだ。

 驚いて加勢に向かおうとするもう一人の警官を今度は山部が突進し、柔道技の足払いを使って、ルカ・ベンのいる方に向かって投げ飛ばした。直後に山部は倒れこんだルカ・ベンの手から拳銃を奪う。

「動くと撃つぞ」

 山部は言い放った。この場の形勢が逆転した。

 しかし、このままここに留まるわけにもいかない。いつブルンガ警察の増援が来るかも分からなかったからだ。

 山部はルカと警官二人を、銃をチラつかせながらベランダの外に追い出し、内側から鍵をかけた。ここは二階なので、すぐに裏庭に飛び降りて再度襲って来るかもしれないが、少しは時間が稼げるだろう。

「桧坂君、逃げるぞ」

山部は、とりあえずプリントアウトした書類を手に、カメラ類や携帯電話をポケットに押し込んで部屋を出た。

それから物音に気付いて、一階にある自室から階段を駆け上がってくる間宮に、

「部屋に戻って、明日まで鍵をかけて出ないで下さい」と言い残して、ホテルを出た。

「間宮さんは大丈夫でしょうか?」

 桧坂は、振り返りながら、ホテルの支配人の心配をした。

「私達がいる事で、彼女が危険にさらされる可能性だってあるよ。さっきルカ・ベンが私の口を割らせるのに君を使うと言っていただろ。それに、ルカ達もまさか東京湾の中で日本と戦う事は望まないはずだ。とりあえずここは、島から脱出しよう」

山部達は、港に近づいているであろう神奈川県警の『あしがら』を目指して走った。

島を出さえすれば、そこは日本なのだ。

ところが……、

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